短編21話  数ある紙とペンとつながるもの

帝王Tsuyamasama

短編21話

(連絡ノートでも書いとくかな~)

 今週給食当番じゃなかった俺は、給食準備時間中に机の中から連絡ノートを取り出して、『今日の出来事』の欄にそれっぽいことを書き始めた。ら、肩をぽんぽんされた。

勝矢かつやくん」

「ん? んおあっ!?」

 なんと陽織ひおりがいるじゃんか! てか今のぽんぽんは陽織のですか!?

「び、びっくりしすぎだよー。こっちがびっくりしちゃったよ?」

「あ、いやあはは。なんだ?」

 お? 陽織はでかい本みたいなのを持ってる。

「げた箱で話したいことがあるの。いいかな?」

「げた箱ぉ? なんでそんなとこで?」

「ここだと、見られて何か言われると……あれだし……」

 うーんよくわからないが、陽織とおしゃべりできるチャンスを自ら手放す俺なわけがない!

「おし、行こうぜっ」

「うんっ」


 笹風ささかぜ 陽織ひおりはいつも髪をひとつにくくってるクラスメイトの女子だ。くくってないときのことを知らないが、ふわっとくくられた髪は制服のえりにかかるくらいの長さ。割と元気っ子な方に入ると思うけどまじめで面倒見がいい感じだ。

 まさかいきなりこの俺雪住ゆきずみ 勝矢かつやが呼び出しをくらう……いやいただけるとは。しかも給食準備中のげた箱って人全然いないぞ? そんな静かなところで陽織とおしゃべりできる権利を手にしてしまったのかこの俺は!!

 ……と、ここまで陽織のことをよいしょするのは。まぁえっとそのなんだ。他の女子よりかは、ちょこーーー………………っと、かわいいと思ゲフゴホン。

 そもそも陽織は友達も多くて部活も委員会も俺と違うから、クラスメイトとはいえ話す機会はそれほどない。家もバス通学勢らしいからどの辺か知らないしなぁ。

 小学校は別々だったものの、何気に中学入ってからずっと同じクラスで、ちょいちょいしゃべったり作業を一緒にしたりはしてきていて、下の名前で呼び合うくらいには仲がいいと……思う。一年の文化祭のときはめちゃんこ盛り上がって、それからかなぁ。

 三年生になった今でもやっぱりちょいちょいしゃべるけど、こんな呼び出しをされたのは初めてだ。


 げた箱に着くと俺たち二人だけになった。廊下からさらに下りてざら板に乗るまでこっそりしたいことなのか? 俺はどきどきしてるけど。

 体育で戻ってくるかもしれない生徒もすでに戻りきってるのか体育なかったのか~みたいだ。

 遠くで聞こえるがやがや。でもここは静か。陽織と二人っきり。

「呼び出してごめんねっ」

「むしろうれしいです」

「えっ?」

「ぁあいやいや。それで?」

「勝矢くん。よかったら、その……」

 ここで陽織はずっと大事そうに抱えていた青い本を見せてきた。

「交換日記、したいなっ」

「こ、交換日記ぃ~!?」

「こ、声大きいよぉ」

 交換日記って、あれだよな。日記書いて渡して、もらってまた日記書くっていうあれだよな。

「お、俺と?」

「うん。い、嫌かな?」

「いいやいやいや! ああ嫌じゃなくて! えでも俺?」

「勝矢くん呼んでるんだから勝矢くんだよぉっ」

「だっ、だってさほら! 例えば仲良さそうな伶子れいことかとさ! なんか女子同士でやってるイメージがあるじゃん!?」

「そうだけど……もぅ~……だめならだめって言っていいんだよ?」

 ああ陽織のその目!

「だあー違う違う! 陽織とこんなことできるなんてうれしすぎて、っていうか夢みたいで、いやたぶん夢だなうん帰って寝よう」

「そ、それは言いすぎ……でも勝矢くんさえ、よかったら……」

 陽織がちょっとてれてる!

「やろう! 交換日記!」

「ほんと? ありがと!」

 陽織笑ってる! 天使ってこの世界に存在したんですね。

「でも俺交換日記なんてやったことないんだ。やり方教えてくれ」

「うんもちろんっ。えっとね……」

 陽織が接近! 陽織が横に! 陽織の肩がー!!

「陽織ストップ! 一回新呼吸させてくれ!」

「えっ? う、うん。そんなに緊張しなくても……?」

 俺はこの学校独自の体操のラストにある深呼吸法を実践し、戦線復帰。

「おっけ」

「やっぱり勝矢くんっておもしろいなぁ。くすっ。えっとね」

 陽織めちゃ笑ってる! 女神ってこの世界に存在したんですね。

 ああ幸せ。ぶるぶるそこはともかくだ。この日記は輪っかでつながってるタイプか。この輪っかはつなぎ目があるから、紙を取り外すことができるんだな。


 陽織の説明によると、まずプロフィールを書けと。

 で日記はじゃんけんの結果負けた人からルールで俺から書くことになった。初めてなのに。

 そして毎日は忙しいから月水金を交換する日となった。今日は月曜だから次は水曜に渡して、金曜受け取って、月曜渡す……という流れらしい。やはり場所と時間は給食前にここだ。


「ペンはここに差してるの使ってね。私オレンジっ。勝矢くんは水色ね。香り付きだよっ」

 すでに日記専用ペンも輪っかのとこに差して用意しているとは。えらくかわいらしい。ペンのことだからな!

「じゃあ……勝矢くん、おもしろいこと書いてね」

 陽織から交換日記を差し出された。

「俺連絡ノートもてきとーなことしか書いてないからなー、まぁ頑張るよほっ!」

 受け取るときに陽織の手と触れ合ってしまった!! これは大事件です!

「うん?」

「なんでもありません!」

 陽織めちゃんこ笑顔でうなずいている! 女神の上ってなんだ? 創造神?

「じゃあ……私先に戻るね。見られちゃうと……あれだしっ」

 陽織は早歩きのような小走りのような、ちょっといそいそと戻っていった。ざら板の音が辺りに響いていた。日記からは独特の匂いがしている。


 俺は今日に限っては午後の授業と部活の記憶があまりない。晩ご飯はカレーだった。

 そして寝る前、ついに俺人生初の交換日記がスタートした。


 さてっと、まずはプロフィールってのを書くんだな。んしょ。


 プロフィールを順調に埋めていった俺。名前にはいつもの『勝矢←しょうやでもまさやでもないよかつやだよ』ネタを入れておいた。

(秘密の質問コーナー? 苦手な先生、LOVEな異LOVEな異性の子ぉー!?)

 思わず二度見したが……これ本人の名前書いて渡すものなんだろうか。でもうそはつけないし、わざわざ俺指名してくれたわけだし……

(笹風陽織っと……すげぇ一発で漢字書けた。その子はどんな子? 優しくて思いやりがあってかみぴょこんとしててかわいい……俺何書いてんだろ。しかもペンだから消せねぇし……まぁいいや!! んで最近泣いたこと? あー調理実習の玉ねぎかな。ちょっとここだけの話? んんー)


 すべてプロフィールを埋めた俺。日記は早速今日開始したことを書こう。

(えー陽織ちゃんから、あちゃんとか書いちゃった。消せないからこのまま書くか。それにしてもめちゃくちゃぶどうの匂いするなこのペン)



 火曜日はそつなく学校生活を過ごした。陽織とおしゃべりする機会はなかった。


 水曜日の給食の時間がやってきた。陽織と俺はそれぞれ勝手にげた箱へ向かい現地で会ったが、陽織は伶子に呼ばれてるからと日記を受け取ったらすぐに教室へ帰っていった。


 木曜日はそつなく学校生活を過ごした。陽織とおしゃべりする機会はなかったが、遠くで目が合った気がする。まぁそんなの陽織に限らずだれとでもよくあることなので特に気にしなかった。


 金曜日の給食の時間がやってきた。



 俺は先にげた箱へ着いた。相変わらずだれもいない。お、陽織が来た。また大事そうに日記を持っている。

「どうだった? あんな感じの書き方でよかったか? 連絡ノートよりもめっちゃ書くとこでかいから頑張って書いたぞーあはは」

 あれ、ちょっとうつむき気味だ。でも交換日記を渡してきた。俺は受け取った。今度は手が触れなかったのでうひょあになることがなかった。

「……陽織? ぇ、そんなに俺の日記つまんなかったか!?」

 陽織はぶんぶん首を横に振っている。

「あはー、よかった。じゃ、見つかるとあれだしな」

 俺が戻

「うあっ!? ひょおりっ?!」

 ろうとしたら左腕をつかまれ……いや腕で捕とらえられた!! ぬおぉぉ陽織の腕、腕、腕ー!

「勝矢くんっ」

「ひょりっ!」

 今の返事は人生で初めての返事の仕方だったと思う。

「プロフィール……」

「うん? がどした?」

 陽織が上目遣いで俺を見ている!

「プロフィール。ほ、ほんとのこと、書いてくれた……?」

「ああ。どこもうそなんてついてないぞ? 俺バスケ得意だし、カレー好きだし。Rh因子っていうのわざわざお母さんに聞いたんだぞ?」

「そ……そうなんだっ、ああ今見ないで!」

 プロフィールのことを言うから確認しようと思ったら、なぜか止められた。

「てかどうせ家に帰ってから見るけど?」

「うぅぅ……」

 俺冷静なふりしてますがすっごくどきどきしてるし顔たぶんにやついてまーす!!

「ど、どうしよう。やっぱり書き直そうかなぁ……ああでもペンだから書き直せないし……でも勝矢くん今ほんとのことって言ってくれて……はあぁっ」

 うああああ!! 陽織からめっちゃ俺の左腕ぎゅうぎゅう!!

「か、書き直すなら、ほらっ」

 俺は右手に持っていた交換日記を差し出したが、陽織は右手をパーにして阻止。

「う、ううんごめん、そのまま書いてっ。あ、でも私のプロフィールは見なくてもいいよ!」

「は、はぁ。まぁ陽織がそう言うんなら……てかそんなに見られたくないなら今外してもいいぞ? これ外せるんだろ?」

「ああだから見ちゃだめだってばあ!」

「す、すまん、じゃ陽織、ほれ」

 再び陽織の前に交換日記を差し出した。陽織は何もせず(いや俺の左腕抱えてますけど!)交換日記を見つめている。

「……い、いいっ。私だけ外すのもあれだし……でもみ、見ないでね。付けたままにするけど見ないでね!」

「お、おぅ……陽織がそう言うなら」

 俺は交換日記をやっぱり手元に戻した。

「に、日記は見ていいからね! プロフィールは見ないでね! じゃ、じゃあね!」

 陽織は結構なスピードで戻っていった。先生に注意されそうな速度で。

「……陽織が~、そう言うんなら」

 こうして俺たちの紙の束と香り付きペンとそれらをつなぐ輪っか=交換日記のやり取りが始まっていった。

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短編21話  数ある紙とペンとつながるもの 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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