紙とペンとあなたの名前

英知ケイ

紙とペンとあなたの名前

「クリム、ユリン、お前たちに、西の魔女フレイヤに奪われた魔道具マジックアイテムの奪還を命じる」


 師匠に呼び出されたかと思ったら第一声がこれだった。

 南大陸での不死者の調査も佳境に入っていたというのに、もう勘弁してほしい。


 私はクリム=アースガルズ。

 炎系魔法を得意とする魔導士だ。


 目の前にいるのは、我が国最高の魔導士にして私の師匠、フレイ=ニダヴェリール。

 あらゆる属性の魔法を使いこなすことから、『七色の魔法使い』と呼ばれている。

 齢四十に近いはずではあるが、どうみても二十代の私と遜色の無い外見をしているのは、時魔法の効果に違いない。今だに我が国の、抱かれたい男性魔導士の上位にランクインしているというのも頷ける。


 師匠は国の重鎮としても重きをなしているため、今回の件、立場的に、自分で動くわけにゆかず、弟子の私達を呼んだのだろう。


「昨日、宝物庫に何者かが侵入したというのは、こちらに到着した時に聞いていましたが、一体何を盗まれたのですか、師匠」


「『魔法の紙』と『魔法のペン』だ」


 師匠が幻影魔法で、目の前に件の魔道具の像を作り出す。

 何の変哲も無い紙とペンに見えるが、とりあえず像を私の水晶球にうつしておいた。


「差し支えなければ、効果を教えていただくことはできますか?」


「……秘密」


 師匠は都合の悪いことは、いつもこう言う。

 追及しても、絶対に答えてはくれない。

 住み込み弟子時代のことを思い出し、私はあっさりとあきらめる。


 そして、別の疑問が湧いたため、そちらを確認することにした。


「もう二つ質問よろしいでしょうか?」


「二つか、まあよい、言うてみよ」


「まずは、今回の使命、どうして私ひとりではなく、私とユリンの二人なのですか?」


 私は隣にいるユリンを指さす。

 彼女は、私と同じく師匠の弟子で、氷の魔法を得意とする。

 腰まである黒髪は、彼女が大好きだという赤い色のローブに綺麗に映えている。

 腕は良いし、女性としても美しいのは認めるが私はちょっと苦手だった。


「何が言いたいの、クリム。まさか足手まといって言うんじゃないでしょうね?」


「いやそんなことはないさ、どっちかって言うと、二人でいく程なのかどうかって……そっちだ」


 そう、彼女は何かと私に突っかかってくるのだ。

 一緒にここに住み込みしていたときから変わらず、会えば自分を認めさせようとする。


「お前達二人というのが重要だからだ」


「私たち二人であることが重要? どうしてですか?」


 これにはユリンも同じ思いらしい。首を傾げている。


「……秘密」


 イライラしても仕方がない。

 私は自分に数百回ほど言い聞かせた。

 よし、次の質問いってみよう!


「では、最後に教えていただきたいのですが、どうして犯人が西の魔女フレイヤだとわかったのですか?」


「脅迫状を残していきおったからだ……」


「「ええっ!?」」


 不覚にもユリンと声が重なってしまった。


「ちょ、ちょっとそれ見せてくださいよ、師匠」


「仕方ないの……」


 師匠は、西の魔女フレイヤが残していったという脅迫状を机に広げた。

 そこにはこう書いてあった。


『お前の、紙とペンはアタシがもらった。

 かえしてほしくばアタシの館まで来ること

 いいわね

           西の魔女フレイヤ』



 ……



「どうして弟子のお前達が来るんだよ。フレイは?」


 館の中、謁見の間らしい部屋の正面の台座の上で西の魔女フレイヤはご機嫌斜めだった。


「どうしてと言われましても……その……」


 珍しくユリンと意気投合してまで、師匠が行くべきだと頑張ったが、師匠は国の用事を盾に頑として首を縦に振らなかった。


 それを伝えたところで、魔女は納得しないだろう。

 ここはストレートにいくしかない。


「師匠に、返してもらってこいって言われたんですけど、返してもらえないでしょうか?」


「そんなこと言われて返すと思ってるの? 欲しけりゃ腕づくで持ってきな。馬鹿フレイの弟子ども!」


「ですよねー」


 スクッと立ち上がると、彼女はワンドを掲げた。


水精霊の雄たけびウンディーネ・ドライブ!」


 空中に水球が多数浮かんだかと思うと、次次とこちらに向かって飛んできた。

 炎魔法では、ダメだ、相性が悪すぎる。


氷の壁アイス・ウォール!!」


 氷の防御壁が展開し、水球を全て受け止めた。四散する水球。

 ユリン得意の氷魔法だ。


「何ぼさっとしてるのよ、クリム」


「すまんユリン」


「もー相手は師匠クラスの魔女なんだから、そんなんでどーするのっ」


 ここぞとばかりに責めてくる。

 彼女はいつも自分が優位のときは容赦がないのだ。

 戦闘中だからとか関係なく。


 いやいや今は魔女の魔法に備えないとまずいだろう。

 そう思って魔女の方を見ると、なんだかこちらを向いたまま魔法を放つ様子も無く、ますます機嫌悪そうな顔をしている。


「お前達、機嫌の悪いアタシの前でよくもそうまでイチャイチャと」


「えっ……あの……その……」


 ユリンがなぜか口ごもっている。

 魔女フレイヤが相手とは言え、いつもの勢いはどうしたんだよ。


「待ってください、イチャイチャじゃないんですんでこれ」


 私が必死に否定していると魔女の顔色が微妙に変わってきた。


「そうか……ほーう、面白いな。お前達、そういえばあの紙とペンの効果をフレイから聞いておるか?」


 台座の横にある箱を彼女は指さした。


「いいえ……」


「聞いてません」


「あの宝はな、その昔作成者によって、とある迷宮の奥深くに隠されていたのだ。全てはその恐ろしい性能ゆえ」


 私はごくりとつばを飲み込む。

 いったいどのような性能なのだろう?


「勇者のパーティがそれを見つけたのだが、その性能を彼らは欲し、仲間同士の争いとなり、最後のひとりとなるまで戦ったという」


 勇者のパーティといえば全員が高尚な魂の持ち主のはず。

 その彼らが、我欲で仲間割れする程の代物だったとは。

 一体何なのだ? 私は魔女が続きを語るのを待つ。


「そちらの娘、ユリンとか言ったかの、ちこう寄れ」


「わ、私?」


 なぜかここでユリンが指名された。

 とりあえず魔女は今戦闘の意思は無さそうだと思い、ユリンに行って来いと私は目くばせした。


 ユリンが魔女の近くまでいく。

 魔女はもうちょっとこっちと手招きした。

 悩んだ顔をしつつも、歩み寄るユリン。

 魔女は、ユリンに向かって何か小声で言っているようだ。

 聞こえない。じれったい。


 おや……

 ユリンの顔色が赤くなる。

 頷いている。

 魔女と握手している。


 何だ、何が起きたというんだ? 


 疑念が積もり積もる私の前で、対談は終わったようだ。

 二人は離れた。

 そして、魔女の横に立つユリン、彼女はとんでもない台詞を口にしたのだ。


「クリムごめーん、私フレイヤ様の方につくね。あの宝が欲しいの。恨んじゃヤだからねっ」


「何!?」


 私は愕然とする。


「ではいっくよー、氷吹雪アイス・ストーム


 次の瞬間、部屋に氷の渦が湧き私に向かって押し寄せた。

 横っ飛びしてなんとかかわす。


「ほほほ、娘よ、筋が良いのう。まるでちょっと前のアタシを見ているようだよ」


「光栄ですわ、お姉様」


 おいおいおい、何か呼び方まで変わっていないか?


「館自体に防御魔法をかけておるから全力で構わぬぞ。アタシもフレイに怒りを抱いた時はよく当たり散らしておるからの」


「よーし、どんどんイっちゃいます」


 氷魔法が次から次へと容赦無く飛んでくる。

 得意魔法の属性優位とはいえ、こう連射されては押し寄せる氷を溶かして躱すくらいしかできない。


「えーい大人しく喰らわんかい。漢らしくないの」


 魔女にご無体なことを言われた。

 おっとあぶない、目の前をつららが……集中集中。


「ちょこまかと、そのいやらしさはフレイのようじゃな。何だかイライラしてきたわ、アタシも参加する!」


「ええええ」


水精霊の乱舞ウンディーネ・ダンス!」


氷竜巻ブリザード!」


 いくら何でも無理です師匠、蘇生お願いします……。

 四方から押し寄せる逃げ場の無い魔法攻撃に私が覚悟を決めた、その時――


七色の壁ミラクル・ウォール


 つららの群れも、水球も来なかった。

 私の四方を包む、光の壁が全てを防いだのだ。


 私の目の前に、魔法を唱えた人物が立っていた。


「「師匠!」」


「フレイッ!」


「やはりこうなっておったか、フレイヤ、大人げないぞ」


「だって……アンタが来ないからでしょ、もう……はい、返す」


 魔女が言うやいなや、台座近くの箱はすっと消え、気が付くと師匠の足元に来ていた。


「確かに返してもらった。昔から約束は守るよの、お前は。あの勇者のパーティにいたときから、ずっと」


 この言葉で思い出す。

 そういえば、師匠は二十年前に世界を救った勇者のパーティの一員だった。

 あれ……勇者のパーティ? 


「この宝は、人の心を惑わす宝。それを知るお前が使うはずはないとは信じていたが、クリムとユリンが戦っていたところをみると、効果を話したのか?」


「ごめん、フレイ。アンタが来てくれなかったから、ついアンタの弟子を虐めたくなっちゃって」


「この二人ならば、もし聞いたところで問題はないと思っていたのだが、見込み違いだったということか、これは私の目も曇っていたらしい」


 淡々と進む会話。このままでは終わってしまう。

 私はどうしても知りたくなって、師匠達の会話に割り込んだ。


「師匠、私はまだその効果について伺っていないのですが、お教えいただけないでしょうか?」


「おや、お前は聞いてなかったのか?」


「はい」


「お前ならば問題無いか……単純な効果だ、あのペンであの紙に、意中の相手の名前を書くと、相手が自分のことを好きになる」


「それだけ、ですか?」


「うむ、それだけ」


 気が付くと隣にいるユリンの顔が真っ赤になっている。

 私は何となくピンと来て、ここぞとばかりにさっきまでの復讐をすることにした。


「何だ、ユリン。お前好きな奴がいるのか。言ってくれれば応援してやるのに」


「「「えっ!?」」」


「ちょっと何ですか? お二人まで? ユリンに好きな奴がいたっていいじゃないですか、俺は全力で応援しますよ!」


「「「そうじゃないだろー!」」」


 三人のよくわからない私への抗議を受け流しつつ、まだ疑問があることを私は思い出す。


 師匠はどうして私とユリンだったら大丈夫だと思ったんだろう?





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