第20話「周知の事実」
「じゃあ、社のみんな、俺たちが会うこと知ってたってことっすか?」
堀合とのデートから五日経った今日、
どこにでもあるチェーン店だが、案内されたのは個室のように区切られた席だったので、込み入った話をするにはちょうどよい。今俺たちが話している内容が、果たして込み入っているのかどうかはわからないが。
俺の性格上、職場の人間とサシで飲みに行くことはめったにないが、中林さんは社内では比較的馬が合うというか、まあ一緒に飲んでも不快ではないと感じる数少ない人だった。
俺よりひと回り年上で、長年勤めるベテランながらも出世欲はないらしく、自分の仕事を終えたらさっさと上がり、オンラインゲームだかテレビゲームだか知らないがとにかくそういう類の趣味に時間を費やすことに価値を見い出すタイプの人だ。あの歳で平というのは情けないと思わなくもないが、俺は中林さんみたいな生き方は嫌いじゃない。
中林さんから飲みに誘われるのは年に一、二回ぐらいのもので、だいたいいつも仕事の愚痴だとか最近ハマってるゲームがどうのだとか、くだらない話しかしない。しょっちゅう聞かされていたらたまったものじゃないが、ごくたまになら気分転換にならないこともないので、俺は中林さんの誘いを断ったことはない。いつも、飲み代を多く出してくれるのもよい。
どうせ今日もそんな感じなんだろうと思って気軽に了承したが、今回はこの人との飲みで初めてのイレギュラーな展開だった。
「なんだ知らなかったのか。君も案外抜けてるなぁ」
生ビールのジョッキを片手に、中林さんがさも意外そうな顔をして言った。
「確かに、日頃から噂話をよくしてる奴だってことは知ってましたけど、そんなことわざわざ口にしてたんですか?」
「そりゃ言うでしょ、堀合だよ? あいつの性格考えたら当然じゃん」
「ってか、中林さんが知ってるのもすごいっすね」
この人も昼休みは外に出ていることが多く、他の社員との関わりは決して多いほうではない。
「まあ、増田たちと一緒にあれだけばかデカい声で話してたら、聞く気がなくても耳に入るよ」
中林さんの返答に、俺は思わず嘆息した。
「それで、何が問題なんすか?」
中林さんの口からそういう話題が出たということは、何か放ってはおけないような厄介事が生じた可能性もある。
「いや、別に問題とかじゃなくて、単に気になってたから聞いただけだよ。とりあえず、社内では大賀くんは堀合のことが好きみたいだよっていう噂が広まってはいるけど」
「一回誘っただけじゃないですか。そんな騒ぐようなことじゃないでしょう。同じ職場なんだし、一度や二度、個人的に会ったからって何だって言うんすか?」
二度目の嘆息をするより先に、抗議の言葉がどばどばと漏れる。手をつけ忘れていた二杯目のハイボールのジョッキに勢いよく口をつけた。
「まあそれはそうだと思うけど、ちょっと急すぎたんじゃないの? だって、普段からそんなに話したりしてるわけでもないんでしょ? あまりにも唐突すぎて、堀合としても意図がわからなかったんじゃないかな」
「ちょっと飯行くのに意図もクソもないだろ! 気が進まなかったら、適当に当たり障りない理由つけて断ればいいだけなんだし。ノコノコついて来たってことは、あいつもまんざらじゃなかったってことでしょ? 違うんすか!?」
ハイボールを一気飲みして熱気を帯びた脳が、普段より強い口調を作り出す。
「まあ、違うとは言い切れないよな。社交辞令だったという可能性も十分に考えられるけど」
中林さんは、それなりに飲んでもほとんどしらふと変わらない。
「だいたい、二十七で何年も彼氏の一人もいないくせして、素直に喜べってんですよ! 言いたかないけど俺は顔だって別に悪くない。まあ、特別良くもないっすけど。それに俺は早稲田卒。専門卒のあいつからすれば雲の上っすよ! そういう自分よりハイスペな奴が
実際問題、職場で俺以上の学歴の人はいないし、俺と同等でさえも、管理職を除けば思い当たる候補がない。ちなみに、中林さんは専修大卒だ。
「大賀くんらしいねぇ」
中林さんが、あきれたような顔をして答える。
「それに、俺は風俗には行ってない!」
「ははは、それは堀合に撤回要求だな」
「すいませーん、新しいおしぼりくださーい! あっそれとねぇー、ハイボールジョッキとぉー刺身の盛り合わせとぉー……」
通りかかった大学生風の店員に、増田のような間延びした口調で追加のオーダーを告げた。
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