第19話「女たちの昼休み」

「えー、何それー? 意味わかんなくなーい?」

 俺が堀合にメモを送った翌日の昼休み。彼女を溺愛している増田が、弁当を食べながら大げさなリアクションをみせた。


「あの人今年で入社五年目だけど、普段そんな話してないし、仕事以外の雑談とかだってほとんどしたことないんだけど、急になんなの?」

 堀合が、増田につられて強い語勢で言う。

 昼休みに必ず外に出てぎりぎりまで戻ってこない俺の行動パターンは社内の誰もが知っているので、ばかでかい声で忌憚なく喋っている。


「だいたい古内東子ってだれー? 聞いたことないしー」

「なんか、結構ベテランの歌手みたいだね。今年でデビュー二十五周年らしいよ。“恋愛の教祖”、“OLの神様”などの異名をもつラブソングの歌い手、だってさ」

 堀合が、スマートフォンの画面を見ながら説明する。

「えっ、あの人そういうの好きなんですか? 超似合わねー」

 増田のように、他人の趣味嗜好についてとやかく言う輩にまともな奴がいないことだけは、神に誓って断言できる。


「実は大賀さん、好きだったんですかね。堀合さんのこと」

 入社一年目の田島が、いつもの落ち着いた口調で間に入る。

「いやーないでしょー。だとしたらなんで今さらなのさー。四年以上も経たないとデートに誘えないとかどんだけコミュ障だしー」

 増田の奴は、本当によくここまで人を苛つかせる話し方ができるものだと、その点だけは感心に値する。

 田島は半笑いでごまかしているが、相変わらずの増田の軽薄な物言いに内心ではうんざりしている様子だった。


「チケットが余っていたのが本当だとして、身近な人で誘えそうだったのが堀合さんだったんですかね?」

「そんな勝手な理由で、親しくもない人から誘われるんじゃたまんないよ。私は風俗嬢じゃないんだから!」

 田島の冷静な分析に対して、堀合が感情的に身勝手な意見を述べる。

 “風俗嬢”という刺激的な単語に、離れた場所で食事をしていた男性社員たちや他の女性社員も、声がするほうに注目している。


「それで、どうするんですかー? 面と向かって意味わかんないって言っちゃいますー?」

 他人事なのをいいことに、増田が無責任な提案をした。

「いやぁさすがにそれは……。この先、仕事しづらくなっても面倒だし。どうするかなぁ」

「大賀さん、無口だし冷たいし何考えてるかわからないけど、別に悪い人ではなさそうですよね。仕事もできるし」

 逡巡する堀合に、田島が再度落ち着いた様子で俺サイドの意見を述べる。

 さすが田島。体型は残念だが鋭い慧眼けいがんだ。俺は決して悪い奴じゃあない。


「まあねぇ……それじゃあまぁ、受けてみるか」

「おぉー、さすが先輩。心が広ーい。あたしだったら絶対断りますよー」

 そもそもお前のことは誘わないだろうよと、堀合と田島が同時に思った。


「でも、私お金払わないけどね。費やすのは時間だけで勘弁してほしいわ」

「むしろ、この堀合様が付き合ってあげるんだから指名料払いなさいよ! って感じですかー?」

「だから、風俗嬢じゃないっての」


 茶化す増田の額に、堀合がデコピンを食らわせた。

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