第18話「終演」
『コンパス』を歌い上げ、東子さんとギタリストはいったんステージを去ったが、いつものようにアンコールの手拍子が会場に響き渡る。すべて含めて一時間半ほどの短いステージなので、一分も経たないうちに再登場した。
アンコール一曲目は、新譜『After the Rain』のリード曲で、ミュージックビデオも制作された『Enough is Enough』。歌詞のしょぼくれ具合は健在だが、それに似つかわしくないような明るい曲調で、ギャップが面白い。
「よかったら手拍子お願いしまーす」
東子さんのリクエストにこたえ、場内に小気味よい手拍子の波が広がる。
最終曲は、定番の『Peach Melba』。これも似たような系統なので、勢いをそのままに突き進む。ラストということで、俺も今日一番の気合いをこめて手を鳴らした。
「みなさん今日はどうもありがとうございました! また会いましょう~」
全十一曲のステージは、大盛況で幕を閉じた。
「知ってる曲、ありました?」
ライブ終了後、若干残っていた二杯目の白ワインを飲み干して訊いた。
「ううん、なかったぁ」
堀合が、いくらか
「あっ、でも『Enough is Enough』はわかりましたよ。ホームページに載ってたPVを観ていたので」
「おぉ、さすがですね。仕事以外でも真面目だ」
「いえいえ」
会計に向かう客の列がとぎれてきたところで、俺たちは席を立った。
「七千四百五十円になります」
会計カウンターで入場時に渡されたテーブルカードを提示すると、スタッフが金額を確認して告げた。
「おぉ、結構な値段しますね」
高額に驚く堀合を尻目に、俺はカード払いで会計を済ませる。
「おいくら出せば……?」
「いや、いいっすよ。こちらが誘ったんですし」
安くはない出費だが、さすがにここで女に払わせるのが無粋なことぐらいは、これまでろくな異性交遊をしてこなかった俺でもわかる。
「それじゃあ……ごちそうになります」
申し訳なさげな声で言ったが、おそらく堀合にとっても予想どおりの展開だろう。
「楽しかったぁ。いい曲ばかりでしたね」
来る時よりもいっそう深さを増した夜を吸い込み、堀合が愉悦の笑みを浮かべている。
「そうでしょ?」
「古内東子さんって初めて見たけど、綺麗な人ですね。女優の
「大人の女性、って感じですよね」
真矢みきに似ているというのはよくわからないが、確かに東子さんはデビュー当時よりも今のほうが綺麗だと思う。
「それに、楽譜も見ないで全部弾き語りしてましたよね。びっくりしました~」
「最近はだいたいあのスタイルなので、すごいですよね」
そんな話をしている間に、すぐに東京駅に到着した。
「じゃあ、私地下鉄なのでここで。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。よかったら、またご飯でも行きますか」
「はい、ぜひぜひ」
堀合が地下鉄の階段を抜けるところを確認し、JRの改札へ向かう。今日は、まっすぐ家に戻ろうと思った。
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