第15話「シャレオツな私生活」

 中央線に乗り、東京駅まで移動した。丸の内南口を出てすぐの信号を渡り、円状の舗道を時計回りに歩く。

 

 同じ千代田区でも御茶ノ水の夜と丸の内の夜とでは、少し空気が異なる。なんと表現するか悩ましいが、丸の内のほうがいくらか温容な風致ふうちを感じるとでも言おうか。それでいてどこか身の引き締まるような、まともなふるまいをしないといけないような気にふとさせられるのは、やはりこの宏壮こうそう絢爛けんらんたる駅舎があるからこそだろう。特に、今日のような晴天の夜にライトアップされて燦然さんぜんとオレンジに輝く東京駅は、この日本というどうしようもない国において他国に誇れる数少ない代物だと思う。

 

 今日の堀合は、そういえばいつもよりかなり高めのヒール靴を履いている。見たところ、日本女性の平均身長に届くかどうかぐらいのいたって普通の背丈だが、俺はそれなりに背があるのでヒールを履かれてもまだそこそこの身長差があり、すぐには気付かなかった。

 服装はというと、白のパンツとトップスに、下ろしたてのように光沢のあるブラウンのジャケット。朝出勤したときから気になっていたが、普段は黒やグレイなど地味めなカラーでまとめていることの多い堀合としては、かなり珍しいコーディネートだ。これは、俺のことを男として認めた上で――まあ、女だと思われても困るんだが――、初デートというまたとない機会を前にめかし込んできたと思うのは、わりと正常な思考回路ではないだろうか。


「丸の内のライブ開場ってことで小綺麗にしてきたつもりなんですけど、こんな服装で大丈夫ですかね?」

 堀合が、歩きながら半笑いで尋ねる。

「ええ、大丈夫ですよ。そのへんお伝えしておけばよかったですね、すいません」

「いえいえ」

 なるほどそういうことかと納得しつつ、しかし堀合の表情を見るとまんざらでもなさそうだ。

「あの正面のビルの二階ですね」

「へぇー、こんなところにライブ会場があったんですね。知らなかった」

 俺はもう十回以上は来ているので今さら驚くこともないが、最初に訪れたときは同じようなリアクションをしていたと思う。


「いらっしゃいませ。指定席予約の大賀様ですね。準備ができましたらお呼びしますので、こちらの番号札をお持ちになって少々お待ちください」

 ライブレストランである『コットンクラブ』ではチケットレス制を採用しており、事前にネットで予約した名前を受付で告げるだけで会場入りすることができる。紙のチケットだと紛失や持参忘れの可能性があり、それに比べてチケットレスは情報端末が発展した現代らしい合理的なシステムだ。


「うわ~、すごい場所ですね。セレブな感じ」

 米国の社交場をイメージして創られた店内は、入り口から縦長のレッドカーペットが敷かれ、一歩足を踏み入れれば異空間に来たかのように錯覚する。それをたどって受付まで進み、番号札をもらってすぐそばの待合で待機。このあたりは入り口付近と比べるとかなり照明が抑えられており、室内を覆うシックなワインレッド色のカーテンに程よく光の当たるさまが、格式高い雰囲気に拍車をかける。

「コンサート自体めったに行かないし、こんな雰囲気のいい場所には来たことないので、良い経験になります」

 堀合が、感慨深そうに話す。

「それは良かった」

 堀合の予想以上に良好なリアクションに直面し、内心でしたり顔を作った。


「大賀さんの私生活って謎な感じありましたけど、オシャレなんですねー。さっきの喫茶店も落ち着いてて良かったですし」

「謎な感じかぁ。あんま職場で話さないし、確かにそうかもしれないですね」

 半笑いになりながらも、なかなかいい感じに距離を縮められているのではと愉悦の色を浮かべる。


「番号札二十八番でお待ちの二名様、お待たせいたしました」

 そんな他愛ない会話をしているうちに、準備が整い中へ案内された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る