第14話「not チェーン店」

「お待たせしました」

 推定六十代の店主が、ブレンドとアイスカフェオレを運んできた。

「ミルクとお砂糖はなしでしたね?」

 店主が、私の前にブレンドを置きながら確認する。

「はい、なしで大丈夫です」

 ここ最近来ていなかったにも関わらず俺がブラックで飲むことを覚えてくれており、自然と快然かいぜんたる笑みをこぼした。


「すごいですね、覚えられてるんですか! かっこいい~」

 店主が去ってから、堀合が店の前で見せたとき以上の感心を示す。

「かれこれ四、五年来てますからね。ここ最近はご無沙汰してたけど」

「へぇー、私スタバとかドトールとか、よくあるチェーン店しか来ないから新鮮です」

 久しぶりに飲む『いしい』のブレンドは、やはりコメダやベローチェのそれよりも洗練された趣がある。


「今日のライブの古内東子さんってご存じでした?」

 世代的におそらく知らないだろうなと思いつつ、確かめないのも不自然なので訊いた。

「いえ、知らなかったです。でも、調べてみたら『Beautiful Days』だけは聞いたことありました。シャンプーのCMで使われてましたよね」

「あぁ、そうでしたね。それ知ってるだけでもすごいですよ」

「親に聞いたら、知ってるって言ってました。大賀さん私と同い年なのによく知ってますね。しかもライブに行くほど好きなんて」

「学生のときにブックオフでたまたまジャケ買いしたら、なんかハマっちゃって。独特な、気だるくも切ない感じが好みですね」

「そうなんですね~。でも、なんか大賀さんらしい気がする」

 俺たちが入店したときから客は少なかったが、いつの間にかほかの客はいなくなっていた。


「なんか好きなアーティストとかいます?」

「私? 特別ファンって人はいないですかねぇ。適当に、流行りの曲ダウンロードして聴いたり」

「へぇー」

 つまらない女だなと思いつつ、しかしEXILEやらなんちゃらブラザーズやらが好きで云々うんぬんと言われてもリアクションに困るので、まあいいかと半笑いを浮かべた。

「普段から、結構いろんなライブとか行かれてるんでしたっけ?」

「そうですねー。気になったアーティストがいたらとりあえず行ってみる感じなんですが、よく行くのは柴咲コウ、Kalafina、角松敏生かどまつとしきとかですかねー。角松は、ちょっと古いからわからないかな」

「うん、わからない」


 互いに相好を崩しながら、なんか結構いい感じの雰囲気になっている気がして俺はすっかり上機嫌だった。仕事中はめったに見ることのない堀合の笑顔はなかなかどうして女らしく、賞翫しょうがんするにはやぶさかではない。


「そろそろ行きますか」

「うん、そうしましょう」


 支払いを終えて外に出ると、来たときよりも鋭い夜気を肌に感じた。

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