第8話「第二次コメダ事変」

「いらっしゃいませ! 禁煙ですね。お好きな席どうぞ」


 先週はいなかった店長のねーちゃんが、笑顔で如才じょさいなく案内する。

 口元を少しばかり緩めて頷き、やはり大学生のバイトと違って、接客とはなんたるかが分かっているなと感心した。まあ、バイトも含めていっさい接客をやったことがない俺が言うのもどうかと思うが。


 この前と同じ席が空いていたので、荷物を置いて腰かける。スマートフォンのバッテリーはまだそれなりにあるが、いつでも充電可能というだけで安心感が増すものだ。

 呼び出しボタンを押すと、ほどなくして店長がやって来た。


「コメダブレンドとモンブランお願いします」

「はい、かしこまりました。少々お待ちください」

 先ほどと同じ気持ちの良い態度で答え、一礼して厨房へと戻っていった。 


 このねーちゃん、店長だから三十半ばぐらいはいっているんだろうが、肌がキレイだから若く見えるし、優しそうな顔してんだよな。ついでに、いいケツしてる。

 客の見えないところでどんな顔しているかは知らないが、外面そとづらだけ良くしてくれれば問題ない。ただの客でしかない俺には関係のないことだ。

 低能な奴だとその外面さえも満足に作れなかったり――もしくは作る気がなかったり――、あるいは言葉遣いがなっていなかったりする場合があり、そういう人間は見ていて気分が悪くなるから接客業に携わるんじゃねえやボケと言いたい。とはいえ、そういう低能だと他にできることがないのかも知れないがな。


「お待たせしました。ブレンドとモンブランのセットです」

 数分後、ねーちゃんがドリンクとケーキを持って来た。スマートフォンを操作する手を止め、一揖いちゆうする。


「ごゆっくりどうぞ」

 温和な微笑をたたえて発せられたそのひと言に、俺も自然とねーちゃんの目を見て微笑を返す。こういう、何気ないけど濁りのないやり取りが少しあるだけで、このクソつまらない生活もぐっと色付くんだよな。


 そうして愉悦の色を浮かべながらモンブランを食べていた最中、店内は俺の予想だにしない局面へとシフトした。

 なんと、先週俺の心を掻き回したカップルが来店し、しかも先週と同じ席についたのだ。相変わらず、屈託のなさそうな笑みをつがえていやがる。さっきまでの心地よい感情は、一気に消失してしまった。

 奴らがなにをしたわけでもなく、俺が勝手に意識を向けているだけのことなのでいかんともし難いが、せっかくの食後のデザートタイムに水を差されたような気分だった。赤の他人の幸せそうな姿なんざ見たくもない。

 

 普段の俺なら業腹ごうはらに思いそうなものだが、今日はそれよりも索漠さくばくたる感情が先行した。女がいないことがこれほど惨めに感じる場面など社会に出てからもほとんどなかったというのに、いったいどうしたというのだろう。イヤホンをしていなかったので、奴らの会話がするすると耳に入る。なにやら、同棲にあたっての新居についてあれこれと考えているようだった。年齢は奴らと大差ないであろうにも関わらず、俺は同棲どころか彼女すらおらず、そもそも見つかる気配もない。それどころか異性と二人きりで茶をしばいたことすらも、たぶんもう五年以上ない。

 

 これまで、周囲との面倒で退屈な関わりを極力避けて生きてきたが、この歳になると、嫌でも奴らのような普通の幸せを渇望してしまうということか。大げさに嘆息した後、残りのモンブランをさっさと平らげ、イヤホンを付けて斜め前に広がる絶望から逃避した。

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