第3話「コンセントの悲劇」

 認めたくはないのだが、しかし二十七歳で一度たりとも女と付き合ったことがないというのは、その方面においては負け犬と言わざるを得ないだろう。

 

 迂遠うえんな言い方をしても仕方ないから単刀直入に言うが、俺は今猛烈に羨ましい。なんなんだ、あいつらのあの幸福そうな笑顔は。俺が入り込む余地など、寸毫すんごうたりともありはしないではないか。そりゃあ、奴らにとって俺はそれこそ路傍の人間だから当然だが。


 手を合わせていちゃつくだけでは飽き足らず、お次は互いにケーキを食べさせあっていやがる。そんな鉄面皮てつめんぴな行為は、安易にしようものなら滑稽さを露呈するだけだが、皮肉にも奴らはなんの違和感もなく自然にこなしている。俺は、それをただただ斜め後方から指をくわえて見ているしかないというわけか。


 いつまでも見知らぬ男女のいちゃつく様を見ていても苛々が増幅するだけなので、気持ちを切り替えて手元のおしぼりで顔を拭く。ここのおしぼりもチェーン店としては悪くないが、やはり喫茶室ルノアールのそれよりもいくぶん劣る。拭き心地も手ざわりも、あの高級感溢れるおしぼりには及ばない。

 スマートフォンのバッテリーが残り僅かなので、鞄から充電器を取り出した。足元のコンセントは覗き込まないと見えない位置にあるが、ひとまず手さぐりで嘗試しょうしする。なんとかいけるだろうと思いきや、これが予想以上に難しくちっとも差し込めない。左前方から聞こえる耳障りな笑い声が、俺の集中力を鈍化させる。観念して、頭を下げて覗き込むも、それでもなかなか見つからない。思わず、大げさに舌打ちをした。


 ようやく見えたと思ったところで、テーブルの右端にセットされていたメニューに肘がぶつかった。ラミネートタイプのメニュー数枚だけならまだ良かったが、それなりに重さのある茶褐色のメニュー立ても一緒に落下し、がしゃんと神経にぶっ刺さるような不快な音が鳴り響く。それにより、俺のストレスは急速に上昇した。下を向いているから周囲の顔は見えないが、どうせほんの一瞬ばかり反応し、またすぐに自分たちの世界に戻っているに違いない。

 

 惨めたらしくメニューを拾い上げ、今度こそと慎重に充電器を差し込む。顔を上げると、変わらずカップルはいちゃついていた。くそったれ。

 俺とたいして変わらない年齢だろうに、この違いはなんだ。結婚しているのかしていないのか知らないが、どっちにしても順風満帆――かどうかは奴らに確認しないとわからないが――で好一対こういっついのカップルと、女友達ひとりおらず、サ店で独りコンセントやメニューたちと悪戦苦闘している俺。この差はいったいどこで生じた。


 席について五分ほどになるが、そういえば注文をしていなかった。メニューを慎重に手に取ってパラパラと開きながら、やっぱりコメダはチェーン店としては割高だなと感じる。

 さっきのトラブルですっかり鼻白はなじろんでしまい何も頼みたくない気分だが、そうもいかない。楕円形の呼び出しボタンで先の店員を呼び、場所代としてコメダブレンドを注文した。

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