第2話「妥当なリアクション」

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


 大学生風のにーちゃんの質問に、見りゃわかんだろとここまで出かかっているのをこらえ、右手の人差し指をたてて平静を装う。

 

 マニュアルなんだろうから仕方ないとはいえ、それにしても融通が利かなすぎて辟易するのは、間違いなく俺だけじゃないと胸を張って言える。

 推定三十代半ばの店長のねーちゃんだと、「一名様ですね、どうぞ」と笑顔でもてなしてくれるんだがな。なんだそんなことでと笑い飛ばす奴もいるだろうが、これは結構大きな違いだ。マニュアルにとらわれずに臨機応変な声かけをすることで客側に余計なストレスが生じるのを防げるし、人差し指をたてる手間も省ける。

 こういう些細なことにも意識を向けて敏感になることが、いつかなにかの役に立つかもしれないなどとまるっきり見通しのないことを思ったりもするが、単に俺の狭隘きょうあいさを如実に物語っているだけだなと、改めて冷静になると認識する。


 そういうわけで入店早々ちょいとばかりストレスを被ったものの、一番の気に入り席が空いていたのは勿怪もっけの幸いだった。二人がけのテーブル席で端から二番目。この店でコンセントが設置されている数少ないレア席だ。店内は結構混んでいるのに、そこだけちょうど空いていたというのは実に気分が良い。まるで、その席は俺が来ることを待ち望んでいて俺のために空けていたのではないかとさえ思えてきて、さっきの件はチャラになった。


 しかし幸福な気分は、所詮長くは続かない。斜め前の四人掛けの席に、俺が最も視界に入れたくないものがあった。


 いかにも仲睦まじい様子のカップルが、互いに満面の笑みというやつを浮かべながら手の平なんか合わせていちゃついてやがる。オス・メスともに、俺と同年代ぐらいだろうか。それも、いわゆる美男美女というカテゴリーに分類されるであろう奴らで、俺のストレスは第一次世界大戦後のドイツ並のハイパーインフレーションとなった。


 オスは、ここからだと背中側なので完璧にはとらえられないが、それでも多少ツラが見える。優男という感じながらも目鼻立ちの整っていることを認識でき、洒脱しゃだつな雰囲気を醸し出していていかにもモテそうだ。今日の中央線の現場にいたら、真っ先に俺の忌み嫌う善人じみた行動に出そうだと思う。


 メスのほうはショートカットで、大きめの目と口が印象的な、やはり整った顔立ちだ。

 なかなかの美人ではあるが、これぐらいの器量であればさほど珍しいわけではなくたいそう驚くこともないというのが、客観的で冷静な見方であろう。


 とはいえ、今までただの一度も異性にがっつりとモテたことのない俺には、まるで傾城傾国けいせいけいこくの、手の届かない美女であるかのように感じてしまう。想定外の残業によるストレスから普段以上にその方面にさとくなっていたのかもしれないが、職場にたいした女がおらず、この程度の美人すら目にする機会に乏しいことを踏まえると妥当な反応だといえよう。


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