夜とサ店と自尊心
サンダルウッド
第1話「夜に包まれる」
気にかけるどころかあからさまに眉をひそめ、ふざけんじゃねえよと
酔っているんだか身体を悪くしたのかもとより障害があるのか知らないが、ふらつきまくりで乗客にぶつかりながらなんとか扉の前まで足を運び、さてやっと降りてくれると思いきや、がたんと絶望的な音を立てて阿佐ヶ谷駅のホームに倒れ込む推定五十五歳ぐらいの男に、俺はすぐさま先のリアクションを表出した。
もちろん、罵声を直接かけたりすることはない。そんなことをしてもなんの利得も生じず、単に事態を悪化させるだけだと知っているからだ。嫌悪を湛えながら、しかし自分には無関係なことであると脳内で不随意的に反芻する。
ただ、ほかの乗客の多くも似たりよったりの反応だったので、俺が呼び出した感情はあながち不自然ではないのかもしれない。とはいえ、「大丈夫ですか?」とか、「立てますか? 掴まってください」とか、瞬間的にそういう慈愛に満ちたような言動に出る数名の乗客が不思議でしょうがない。不思議というより、ただの路傍の人間に軽々しくそんな態度をとれる奴らは信用できないし、
おそらく、こういう思考が生じること自体が、心がすさんでいる証拠なのだろう。さっきの善人ぶった奴らのせいで何か不利益が発生したわけでもないし、むしろ彼らのおかげで、電車が長時間止まることもなく事なきを得たわけだから、普通に考えれば彼らに感謝すべきだろう。
それは俺の中の理性においては認識しているも、一方で本能的な側面が嫌悪していた。
駅舎を出ると、外は全面夜に満ちていた。
時刻は午後九時。当然のことだが、俺はその全面夜に満ちているということになんとも形容しがたい安心感を覚えるし、夜に包まれているということが妙に心強く感じる。
それは誰しも同じなのだが、なぜか、それが自分ただ一人だけであるかのようなうぬぼれじみた錯覚を感じるのだ。事実としては確かに全員がその対象であっても、では俺のような発想をほかの奴らは持ち合わせているのかどうか。その点については
職場の近くのラーメン屋で晩飯は済ませてきたものの、花金なので少し寄り道していきたい気分だ。誰も待つ人のいないアパートに帰り、安い缶チューハイをあけてくだらないテレビなど眺めても仕方ないし、金曜の夜の過ごし方として良策とはお世辞にも言えない。
駅から三分ほど歩き、行きつけのコメダ珈琲店へ滑り込んだ。
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