婚活の極意、教えます――

@sakuranohana

第1話 婚活の極意、教えます

「君達、可愛いね。どこから来たの?一緒に飲もうよ」

声の主は、年齢に相応しくないハイブランドのスーツを来た、スタイリッシュなイケメン男性二人組。


20代そこそこで、こんなハイブランドを着こなせるということは、いわゆる、高収入のハイスペック男子なのだろう。


そんな彼らが熱い視線を送る先は、私…ではなく、私の隣に座っている、美香。


美佳と目配せし、イケメン二人組と私達の四人で、イケメン達が行きつけだというバーで飲むことにした。


期待を裏切らない、価格設定がお高めのお洒落なバー。


彼らが視線を送り、話題を振るのは、やはり美香がメイン。

私は完全にオマケだ。

いや、オマケどころか、お邪魔虫かもしれない。

美香が気を遣って、会話を私にも振ってくれるが、居心地が悪いこと、極まりない。


――どうせ私になんて、興味ないでしょうよ――

そう思うと、彼らと目を合わせる気にも、会話に参加する気にもならない。


お開きの時点で、美香に続いて、一応私もイケメン2人と連絡先を交換した。

もっとも、彼らが実際に連絡をするのは、おそらく美香に対してだけだろう。


タクシーで家まで送るとのイケメン達の申し出を断り、私は美香と一緒に家路へと向かった。



「いいなあ、美香は。可愛いから、人生イージーモードだよね」


地上の灯りのせいで、星が殆ど見えない夜空を見上げながら、私は思わず本音を漏らした。


「そんなことないよ。奈央だって、可愛いし、魅力的だと思うよ」


性格の良い美香らしく、模範解答のようなフォローを返してきた。


「いや、そんな無意味な慰めいらないし。

実際さ、さっきのメンズも完全に美香狙いだったじゃん。

私なんて、完全にアウトオブ眼中でさ。

私なんか、いつもどこでもお邪魔虫。

結婚どころか、彼氏だってできる気がしないよ」

腐った私は、八つ当たりに近い愚痴を美香にぶつけた。


すると、美香は驚いた顔をして、私の顔をマジマジと見つめた。

それから、真剣な表情をすると、言葉を選ぶように話始めた。

「さっきの男性達、最初は奈央に話しかけたそうだったよ。

でも、いくら奈央に話しても生返事ばかりだから、男性も諦めちゃったんだよ。


奈央、女は、愛嬌と紙とペンだよ!

これからは、少し、意識を変えてみても良いんじゃないかな」

美香は、穏やかな口調で、しかしハッキリと言った。


いつもはふんわりとしていて、滅多に人に意見をすることがない美香。

そんな美香が反論するなど想定外であった私は、私は口をつぐむ他なかった。


――あ、愛嬌と紙とペン…?

愛嬌はまだ分かるが、紙とペンの繋がりが良く分からない。

押し黙ったままの私に、美香は言葉を続けた。

「まず、愛嬌はね。

男性を惹き付ける為の化粧と服は常に必須!

男女問わず、人と目があったらとりあえず笑顔で会釈!」

いつになくビシッと言い切る美香は、それはそれで大人の女の色気があってカッコいい。

何をしてもサマになる女には、私の惨めな気持ちなぞ、分かるまい。

何だか無性に美香の言葉に反抗したくなった。


「男性を惹き付ける為なんて、何か媚びているみたいで、嫌だなぁ。

自分を偽ってまでそんなことしたくない。

何か、そういうのって、ダサくない?」

ぶつぶつ文句を言う私を、美香はピシャリと一刀両断した。


「でも、奈央は、男性にモテたいんだよね?それならば、相手が求めるものを提供するのが正攻法じゃない?

大学受験するのに、一生懸命受験勉強するのと同じだよ」


「な、なるほど…。

それじゃ、今私が来ている洋服とメイクは…」


「前衛的でカッコよくて、奈央にとても良く似合っている。

ただ、男性と会う時は、もう少し、スカートを履いたり、パステルカラーの色を増やしたりしてみても良いかもね」

そう言って、美香はニコッと笑った。


そして、笑顔のまま、話を続けた。

「ペンと紙はね。

意中の男性の特徴と、会話の内容をメモするの。

それで、そのメモの内容を頭に叩き込んで、次回以降のデートでの、話題作りの道具にするの」


「へぇっ…?

わざわざ男性との会話をメモするの?

何のために?」

私は、再び驚き、すっとんきょうな声を挙げた。


「何のためにって…。

奈央は、一回会っただけの相手の情報を全て記憶できるの?」

美香は尋問の手を緩めない。


「いや…。名前すら覚えられないし、そもそも覚える気がない…」

しどろもどろに答えた私。


「自分が人に興味がないのを棚にあげて、人には自分に興味を持って欲しいっていうのは、ちょっと違うんじゃないかな…」

美香は、少し困ったような表情を浮かべ、穏やかな口調で言った。


「……」

容赦ない美香の正論に、私は、返す言葉がなかった。


「私は、今言った三種の神器のお陰で、楽しい人生が送れていると思っているよ。

でも、それが奈央にも当てはまるかは分からない。

私の発言の是非は奈央が判断して。

お互い、楽しく頑張ろうよ!

それじゃ、また遊ぼうね!

バイバイ!」


そう言うと、美香は、笑顔で手を振りながら、駅の改札の中へと消えて行った。



私は、頭に雷が落ちたような衝撃を受け、しばしその場に立ち尽くしていた。


――――――


「それじゃ、こちらのグループの方は、会議室Cに移動してください」

人事部の新卒採用担当の女性が、にこやかな笑顔で、私達を案内した。


今、私は、とある外資系大企業の新卒採用面接会場に来ている。

ダメ元で履歴書を送った会社の書類審査に、奇跡的に合格し、一次面接に呼ばれたのだ。

面接官との面談を終え、これから、先輩社員とのフリーセッションに望むところである。


「それじゃ、古井奈央さんのフリーセッションの担当者は、酒井博康さん。

酒井さんは、入社3年目で、マーケティング部に所属しています。

弊社の敏腕社員です」

そう言って紹介された男性は、何と、先日、美香と一緒にいた時にナンパされた、ハイスペック男性二人組の内の1人だった。


――酒井さん、この会社で働いていたんだ。

それならば、あのハイブランドのスーツも納得できるわ。

文句なしで、ハイスペック男性だね。――


あの夜の、美香の

「女は、愛嬌と、紙とペンだよ!」との言葉が頭をよぎる。


今日のメイクは、就職活動だからというのもあるが、いつものキツめのメイクではなく、女子アナメイクを参考にした。

例えば、口元は、いつもの真っ赤な口紅ではなく、ほぼ透明に近い、薄桃色のグロスで、ぷるんとした唇に仕上げている。


「こんにちは!

私、古井奈央です。

今日はお忙しい中、お時間を頂きまして、ありがとうございます。

先日はご馳走になり、ありがとうございました!とても楽しかったです」

笑顔でそう言い切ってから、一礼した。


すると、酒井さんは、目を丸くして、驚いた表情をした。

しかし、すぐに笑顔になり、

「えっ…もしかして、あの時一緒にバーに行った二人組の女の子?

この前と全然印象が違ったから、分からなかったよ。こちらこそ、今日はよろしく」

と言った。


酒井さんに、たくさん会社や仕事に関する質問を投げかけ、回答をもらう都度、笑顔で頷くように心掛けた。

勿論、紙とペンでメモをとりながら。

すると、思いの外、彼との会話が弾んだ。

それと共に、この会社に入りたい!という思いが強くなった。


フリーセッションが終わりの時間を迎え、酒井さんが、

「古井さんは、何か最後に話しておきたいことはある?」

と穏やかな笑顔で言った。


普段は、自分の素直な気持ちを話すなんて、恥ずかしくてできないが、今は違った。


「酒井さんのお話を聞いて、絶対に御社に入りたいという気持ちが強まりました。

今以上に御社の業務を知るために、私、 もっと勉強して頑張りたい、と考えています。

何かオススメの書籍があったら、教えて頂けませんでしょうか?」

酒井さんは、少し驚いた顔をしながらも、書籍をいくつか教えてくれた。


その日は、帰宅後、ナンパされた時に交換した酒井さんのメールアドレスへ、お礼のメールを送った。


すると、酒井さんから、すぐに、

「わざわざありがとう。

まさか職場で再会するなんて思っていなかったら、驚いたよ。こちらも楽しかった!

もしよかったら、今度二人でご飯でもどう?就職活動のアドバイス等、微力ながらお力になれると思うよ」

とメールの返信がきた。


酒井さんからメールを見て、私は思わずガッツポーズをした。

こんなメールを男性から貰うのは人生で初めてだった。


美香の言った、三種の神器。

「女は、愛嬌と、紙とペンだよ」

少なくとも、私には効果てきめんの予感だ。





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