紙とペンと白いもふもふ

紬 蒼

紙とペンとくれば。

 僕が「たまちゃん」と出会って数週間。

 ようやくこの非現実的日常にも慣れた。


 たまちゃんは人間ではない。

 ある朝突然、僕の目の前に現れ、頼みごとをして来た。

 最初は何一つ理解できなかったし、なんで僕がこんな目に遭わなければならないのかとさえ思った。

 でもたった数週間で僕はこの日常が愛おしくさえ思えて来た。


 たまちゃんは最近ようやく人の姿をとれるようになった。

 腰まである長い黒髪、白い肌、額と目尻に朱色の模様とライン、整った顔立ち。

 巫女さんを思わせる白い着物に少し変わった赤い袴姿。

 以前のたまちゃんも真っ白でもふもふしててかわいかったけど、今の姿の方が美人で年頃も僕と同じくらいで……イイッ。


 僕がこの日常を愛おしく思っているのはたまちゃんの見た目が変わったからでは決してない。

 紙とペンと十円玉だけで僕には薔薇色の人生が約束された。


「たまちゃん、始めようか」


 白いA4用紙に筆ペンで「はい」「いいえ」と五十音、0から9までの数字、そして鳥居を書いて鳥居に十円玉を置く。


 そう「こっくりさん」だ。

 怖い話も聞くが僕がやるのはだ。


 たまちゃんの名前は宇迦之御魂神うかのみたま

 多くの稲荷神社に祀られてる神様の一人だ。


 僕が指を載せる十円玉を動かすのはたまちゃんの霊力だ。


わらわの願いを叶えてくれるならばお前の質問に何でも答えてやろう」

 僕の隣にぺたんと座し、たまちゃんは紙の上の十円玉を見つめた。

 その目が一瞬、キロリと光る。


究彦さたひこ、最初の質問は?」


 たまちゃんに促され、僕はごくりと唾を飲み込んだ。

 何度かやってるけど最初はいつもちょっぴり緊張する。

 一度にできる質問は三つまで。

 毎日三つ知りたいことを教えてくれる。

 明日の出来事から十年後、百年後の未来まで。

 こっくりさんではこっくりさん自身のことを聞くのはタブーだけど、たまちゃんは何でも答えてくれる。

 どんなこともたまちゃんはお見通しだ。


「……明日は晴れる?」


 でも僕はどうでもいい天気の話から始める。

 まだ本当にしたい質問はしていない。

 それをしてしまったら、たまちゃんがどこかに行ってしまいそうな気がするから。


 十円玉はゆっくりと「はい」の文字の上へと動いていく。

 ピタリと止まるとスーッと鳥居へと戻る。


「質問はあと二つ。次は何だ?」

「……願いは今、どれくらい叶ってるの?」


 占いじゃない。

 本当にただの質問だ。


 十円玉がゆっくりと数字の列へと向かって動く。

 端っこの方へと向かい、「9」の上でピタリと止まって再び鳥居の上へと戻った。


 たまちゃんは日本の神様だ。

 パーセントという訳じゃなさそうだから9割ということか。


 僕の側にいるのはたまちゃんの願いが叶うまで。

 この短期間に9割も叶ってしまっているなら、もうお別れの日は近いということだ。


 なら、本当にしたい質問ができるのは今しかないのかもしれない。


「最後の質問は?」


 今しか……ない。

 そう意を決して僕は口を開いた。


「たまちゃんが好きだ。たまちゃんは……僕のことどう思ってる?」


 神様に恋をしたって報われないって分かってる。

 それに見た目は僕とそう変わらないけど、何千年も生きててかなりの歳の差がある。

 でも、それでも僕は叶わないと知っててもたまちゃんにどう思われてるのか知りたかった。

 一番したい質問はコレだった。


 十円玉はピクリとも動かず、隣に座るたまちゃんは少し俯いて考え込んでいた。

 二人の間に沈黙が流れ、一分程度だったけど、何時間にも長く感じた。


 ようやく動き出した十円玉は「す」で止まり「き」で止まり鳥居へと戻った。


「好きってこと? それって両想いってこと?」

 思わず隣のたまちゃんを振り返って聞き返しながら、僕はうっかり十円玉から指を離してしまった。


「「あ」」


 僕とたまちゃんが同時にそう声を上げた瞬間、たまちゃんは真っ白な狐の姿に戻った。


 最後まで十円玉から指を離してはいけない。

 そして最後の質問が終わったら「どうぞお戻りください」と言って終わりを告げること。


 この二つは何があっても絶対に守れと最初にきつく言われていたことだった。


「せっかく礼をしてやっていたのに……まだ9つしか願いも叶っておらぬのに……これじゃあもう側にはいられぬ」

 悲しそうにたまちゃんはそう言った。


 9割じゃなくて9つ、だったのか。

 僕の早とちりのせいで……自業自得と言えばそうだが、悔いても悔やみきれない。


 近所の小さな古びた神社には狛犬の代わりに狐の像が向かい合っていたのだが、そのうちの一つが手に持つ宝珠が欠けていた。

 欠片が側に落ちていたから瞬間接着剤でくっつけてやったら御礼がしたいとたまちゃんが僕の前に現れたのだ。


 近所の神社はお稲荷さんだったとその時初めて知った。

 確かに普通の神社は狛犬だもんな、と納得したものだ。


宇迦之御魂神ご主人様に叱られる……」


 そう言ってたまちゃんは僕の前から姿を消した。


***


 でも僕は懲りずに今日も紙と十円玉を手に神社を訪れた。


「たまちゃん、どうぞおいでください」


 本当は「たまちゃん」ではなかったけれど。

 狐の像の側で僕は彼女とデートする。


 姿はもう見えないけれど、紙の上で十円玉は動いてくれる。


「明日は晴れる?」


 最初は天気の話から。

 そして。

 好きだと毎日告白し、彼女の好きな物など彼女について毎日ひとつずつ知っていく。

 それが僕の日課で僕の変わった彼女との変わったデートだ。

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