知らざるを知らずとなす これ知るなり ~ココロの迷推理~

ポムサイ

知らざるを知らずとなす これ知るなり

「アイリ…私ヤバい物見つけちゃったかも。」


 友人のココロが帰り支度をしている私に小声で話し掛けて来た。


「ヤバい物って?白い粉でも見付けたの?」


「小麦粉のどこがヤバいのよ。これよ!」


 お聞きのように白い粉と聞いて小麦粉しか思い付かないアホな子です。

 ココロは古びた2枚の紙を私に見せる。


「2年前に亡くなったお祖父ちゃんの部屋を片付けてたら出てきたの。」


「それが何か?」


「これって暗号よね?きっとお祖父ちゃんの隠し財産のありかを示しているに違いないわ。」


 その紙には『コウゲンレイショクスクナシジン』と『ギヲミテセザルハユウナキナリ』と書いてある。


「確かにカタカナで書いてあると暗号に見えない事もないね。」


「でしょ?」


「…で?」


「私ってあんまり頭良くないじゃない?」


 自覚はしているようだ。


「それで私にその暗号を解いて欲しいと?残念だけど、それは暗号じゃな…」


「違うの。私の推理を聞いて欲しいの。」


 まさかの展開。


「…ココロ聞いて。それは暗号じゃな…」


「まず私は一文字飛ばし読みしたり逆から読んだりしてみたのよ。」


 聞いちゃいない。


「でも、全然意味分かんないでしょ?だから私は漢字に変換するんじゃないかと思ったのよ。」


 まあ、最後まで聞いてやるか。


「『高原冷食少な詩人』『技を見手背猿は優奈木鳴』」


 ココロは私のよく知らないアニメのキャラクターの描かれたボールペンで数学の教科書に書いた。相変わらずヘタクソな字だな…って言うか教科書に書くな!


「それで?」


「分からない?『高原に住んでる冷凍食品をあまり食べない詩人』が『優奈って人が飼ってる猿の手や背中の木を鳴らす技を見る』って事だよ。」


「それも意味が解らないね。」


「そうね。そこで唯一名前が出てくる『優奈』って人を捜す事にしたの。」


「ほお。で、見つかった?」


「うん。お祖父ちゃんが行ってた病院の看護婦さんに『優奈』さんがいたの。」


 マジか!?


「それでその『優奈』さんは猿を飼ってたの?」


「うん。リスザルを飼ってたよ。見せてもらったんだけど、暴れん坊で観葉植物の木を叩いたり体当たりとかしてたから、それが『猿の手や背中の木を鳴らす技』だと私は確信したのよ。」


 マジか!!?


「…まあ、奇しくも『ギヲミテセザルハユウナキナリ』は成立してしまったワケね。それで『コウゲンレイショクスクナシジン』の方はどうなったの?」


「その『優奈』さんに聞いたんだけどウチのお祖父ちゃん病院の待合室で知り合った人に誘われて俳句のサークルに入ってたみたいなのよ。俳句も詩だよね?」


「間違いなく詩だよ。」


「そこで私、そのサークルの集まりに行ってみたの。」


「その行動力を何で勉強に使えないのかな?」


「そしたらね、同じサークルにいたんだけど膝を悪くして息子さんの所に引っ越した山内さんって人がいる事が分かったの。」


「その人が『高原冷食少な詩人』って事?」


 何だか少し楽しくなってきた。


「うん。だって引っ越したのが栃木県の那須なんだよ!那須って高原だよね?」


「高原だね。繋がってきたね。でも、冷凍食品が少ないかは分からないじゃない?」


「大丈夫!冷蔵庫見せてもらったら冷凍食品ほとんどなかったから。」


「え!?行ったの?そして見たの!?」


 物凄く失礼極まりない。


「何か問題でも?」


「問題しかない気がするんだけど…。で、それからどうしたの?」


「フフフ…。何を隠そうこれから優奈さんからリスザルを借りて山内さんの所に行く事になってるんだ。隠し財産までもう一歩だよ!」


 ヤバい…このままでは優奈さんと山内さんに迷惑がかかってしまう…いや、もう充分かかってるか。


「あのねココロ…、その暗号なんだけど…。」


「じゃあ、明日また報告するね!」


 そう言うとココロは猛ダッシュで教室から出て行った。


「ちょっとココロ!」


 私はココロを止めるために出した手をゆっくりと下ろしフウと溜め息をついて椅子に座った。そしてペンを取り出しノートにこう書いた。


『巧言令色鮮し仁』『義を見てせざるは

勇無きなり』


 中国の思想家『孔子』の格言だ。『言葉が上手くて、表面を取り繕っている人に誠実な者はほとんどいない』と『人としてやるべきことと知っていて、それをやらないのは、勇気がないからだ』という意味だった気がする。

 おそらくココロのお祖父ちゃんは好きな格言…もしくは自分を律する言葉として紙に書いていたんだと私は思う。カタカナだったのは…昔の人だからか、漢字が分からなかったからかな?


「スマホで検索すれば一発で解決したのに…。明日の報告が怖いな…。」


 私はそう呟くと窓から校門を変わらず猛ダッシュで出て行くココロの後ろ姿を見送った。











 

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