紙とペンと牢獄と

turtle

第1話

「またバイトが休みを入れた。」

 僕は頭を掻きながらシフトを組みなおす。今はコンビニ業界は人でが足りず、僕を含め多くのコンビニ店長が頭を抱えている。本当は喫茶店をやりながら小説が書きたかった。しかしそれでは場所代の元が取れないので、数年前コンビニチェーンに申し込んだのが悪運の始まりだった。コンビニ営業は24時間。家に帰っても頭が回らず何も書けない。最近では服のまま寝て起きるとそのままシフトに入る。


 加えてコンビニは日々累乗的進化をしつつある。銀行機能や公文書発行、プリンターの多彩な機能に加え、メルカリなどなど何が何だか分からなくなっていく。


 「ちょっとこのコーヒーおかしいです!」

 水が足りないのかどこかの管が詰まったのか分からないがコーヒーが妙に煮詰まって出てきてお客から苦情がくる。まずいコーヒーを捨てて新しく入れなおすと本社にカウントされ利益から差し引かれる。


 その一方古典的犯罪の万引きはカメラがあってもやる奴はやる。向こうもプロだからあらかじめ防犯カメラの位置を確認し顔を花粉症を装って眼鏡とマスクで隠しナンバープレートをテープで偽造したバイクに飛び乗って去っていく。現金強盗は罪が重くなると分かっているのか、換金性の高いコスメ用品や雑誌に手をだす。これも店の利益から引かれる。


 去っていくバイクを遠い目で見つめ、警察に通報していると客からチキンが温まっていないと苦情を受ける。互い違いに対応が終わると今度はチェーン店オリジナル商品の配置換えのメールが来る。本社から販促を強制され、出来るだけ店頭に置く。


 無くなった雑誌を入れ替えると投稿小説の受賞発表が目に入った。コンビニ店長を始めてから投稿出来ないでいた。


 僕はスマホを手に取った。「カクヨム」をクリックしたとたんチェーン店の他からチャットが入る。チャットに応答する。再度クリック。チャットがまた入る。

 

 僕の頭に疑問が沸き起こる。もしかして、携帯もハッキングされていて他の事をしているか監視しているのだろうか?ふと監視カメラを見る。再度クリック。今度はチェーン店からメールが来る。

 そうか、僕は監視されていたのだ。店長とは名ばかりで。それならコーヒーが煮詰まるのもそっちで管理しろよ。万引きもヤバそうな奴が来たらシャッターでもおろせよ。こっちにばかり責任を取らせるんじゃねえよ!


 僕はカメラに向かって舌をだした。お店にある肉まんを手でつかみ頬を寄せてみせた。アッチッチアチのダンスをして、次におでんをペロペロ舐めて鍋に戻した。そしてそれらの行為を全てツイッターにあげた。


 僕は、今幸せだ。

 司馬遷は宮刑に処せられながら牢獄で史記を記載した。それに比べて僕は健康で3食出され、望めば医師の診察も受けられる。僕の症状はメンタル何とかというらしい。家族が釈放のためにそのように診断書を書いてもらった方が有利との事だが、受けるつもりはない。ここは牢獄らしいがコンビニの方がずっと牢獄に似つかわしい。ここにいたほうがずっと自由だ。

 こうしてここで小説を書き続けよう。

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