紙とペンと殺人事件

鈴木しぐれ

紙とペンと殺人事件

「なんなのよ! どうしてこんなことになったの!」

「まあ、落ち着けって」

「中原が殺されたこの状態でどうやったら落ち着けるっていうのよ! 犯人がまだ近くにいるかもしれないのよ!?」

「刑事さんも来てくれたんだから、すぐ捕まるって」

「なんであんたはそんなに冷静なのよ? ……もしかしてあんたが犯人なわけ?」

「はあ!? なんでそうなるんだよ」

「だいたいあんたはいつも――」

「あの……すみません」

「どうしたんだ、刑事さん」

「実は、ここに来るまでの道路で事故があったらしく、他の者が到着するまでに時間がかかるようで」

「そんな! じゃあ、ずっとこのままなの!?」


「呼ばれて颯爽と登場! 名探偵とはボクのことさ!何に呼ばれたかって? そう、事件さっ」


「……」

「なんだ、こいつ」

「……名探偵さんです。いつも事件解決に協力してもらっています」

「おやおや、刑事ちゃん、ボクの紹介ちゃんと気合い入れてー。棒読みやめてー」

「その呼び方はやめてください、と何度も!」

「あ、もしかして、事件じゃなくて刑事ちゃんがボクのこと呼んだのかな?」

「呼んでません」

「なんだー」

「というか、どうやってここに来たんですか。道はすごい渋滞ですよ」

「事件が起きたからじゃないか」

「は?」

「事件が起きるところに名探偵ありというだろう。現場に名探偵が来るのは必然なのだよ! さあ、華麗に事件を解決するよー」

「ちょっと、こんなのが名探偵? 事件解決? 冗談でしょ」

「同感だ」

「まあまあ、あなた方が困惑するのも無理ないねー。名探偵なんて、平々凡々に暮らす、一般庶民には滅多にお目にかかれるわけじゃないからねー」

「すみません、失礼な人で。これでも一応警察の本部で承認されている協力者なので」

「で、でもそんなやつ――」

「この人が関わった事件では、犯人は必ず自首するので信頼してください。犯人以外はもう安心ですよ」

「……」

「刑事ちゃん、ボクが話しやすいようにしてくれたんだね。嬉しいよ」

「なんのことです」

「もう無表情で照れちゃってー。もしかして刑事ちゃんボクのこと好き?」

「いえ、別に」

「うわー辛辣ぅー」

「でも」

「ん?」

「でも、あなたの洞察力と推理力は信頼しています」

「へえーそれは名探偵冥利に尽きる、かな」

「ねえ! 何でもいいけど事件解決してくれるんでしょ? 早く解決してよ」

「そこの女性は綺麗だけど短気だね。お名前は?」

「上田よ。こっちが」

「下村だ」

「亡くなったのが中原さん。こちらの三人は高校時代の同級生で、生徒会役員だった。今日は同窓会ということでこの山荘に遊びに来ていた。昼過ぎに周りを散歩していたところ、大きな物音がして、戻ってみると中原さんが一階で血を流して倒れていた。……先ほどお聞きした内容ですが、合っていますか」

「ええ」

「なんで中原が殺されたんだ……。あいつは生徒会長で、信頼も厚くて、友達も多くて」

「ほうほうほう。ところで、被害者の状況見たいんだけど、ブルーシートめくっていい?」

「本当、自分の興味に正直ですね。どうぞ」

「刑事ちゃん、そんなに褒めても何も出ないよ?」

「一切褒めてません」

「おやおや! 大胆なダイイングメッセージ付きじゃあないか! いいねえ! 刑事ちゃんはこれどう見る?」

「そうですね……。床に血で書かれたものは漢字の“上”のように見えます。ただ、握りしめているペンで紙切れに書かれた文字は“下”と読めます。両方ともだいぶ震えていますが」

「ペンを握ったままなんだから、紙に書いたのがダイイングメッセージでしょう? ってことは下村が犯人なのね!?」

「何言ってんだよ! 俺じゃない。それに、血で上って書いてるだろう。最期に何か残そうとして、わざわざペンを使わないだろ!? 偽装だ偽装」

「それじゃあ、あたしが犯人だっていうの? ふざけないでっ」

「待ってください! 上田さん、ビンタは駄目です。落ち着いてください」

「うんうん。二人の言うことにも一理あるねー。でもこう反対から見ると」

「ちょっ、引っ張らないでくださ――あ、血文字が“下”、紙に書かれた文字が“上”にも見えます……」

「どちらも丁寧に書かれたものじゃないからね。どっちでも読めてしまうねー」

「楽しそうですね、名探偵さん?」

「まあね。でももうちょっと骨のある謎だともっと楽しめたんだけどなあ」

「それじゃあ」


「事件解決の女神に愛された名探偵の、このボクが華麗に解決してみせよう!」


「犯人は誰なの!」

「まあまあ、焦らないで。まず、この状況を見た人間はこう思うだろう。『上と下という字を持つ人がお互いに殺人の罪をなすりつけようとして、ダイイングメッセージを偽装したんだろう』とね」

「俺らのどっちかが犯人だっていうのか」

「その可能性が高い、殺人事件だ。と、思わせるのが狙いだよ」

「……」

「まあ、このやり方だと、相手を庇い合っている可能性もあるし、共犯のパターンも考えられる。けど、その違いは些細なことだった。そうだよね?」

「……」

「……」

「殺人ではない、ということですか?」

「その通り。さすが刑事ちゃん」

「茶化さないで、進めてください」

「はーい。まず違和感をもったのは、被害者の状況と君らの証言のズレだよ」

「ズレですか」

「被害者は状況から見て二階から一階に転落して亡くなったことは間違いない。ただし、誤って落下したのか、誰かに突き落とされたのかまではパッと見ただけでは分からないはず。でも、散歩をしていてその瞬間を見ていないはずのこの二人は、『殺された』と断言した」

「そ、それはっ」

「ちょっと待ってください。今の推理だと、二人が中原さんを殺害したという結論になりませんか?」

「ダイイングメッセージのことを忘れてないかな? もし、二人が犯人なら、外部の見知らぬ人間が山荘に忍び込んで、なんやかんやあって被害者を突き落としてしまったーーという状況を作った方がいい。わざわざ自分らに疑いが向くようにする必要はない」

「それじゃあ……」

「これは事故だよ。二階から誤って転落してしまった不運な事故だ」

「いいや! 中原は殺されたんだ!」

「それにね、ボクは色々と見てきたから、彼が突き落とされたんじゃないってことは観察すれば分かっちゃうんだ。相手が悪かったね、名探偵を騙すには足りなかったよ」

「くそ……」

「……あーあ、もう無理ね」

「どうして、どうして、事故を殺人事件にしようとしたんですか。友人が殺されているっていう必死な通報も、演技だったんですか」

「ええ。ありったけの勇気を使った演技だったわ」

「そこまでして、君らはいったい何を警察に調べさせたかったのかな?」

「……中原がやっていた詐欺について」

「詐欺、ですか?」

「ああ。中原は色んな詐欺を繰り返しやってたんだ。困っている人を助けるボランティア活動をしてるって言って、たくさんいる友達に声をかけてた。用意するものは紙とペンだけ、簡単だからって。中原が言うならって協力するやつは多かった。俺らもそうだった」

「でも、途中で何かおかしいと思ったのよ。よくよく聞いてみたら詐欺に手を貸してたって分かって……」

「知らず知らずのうちに共犯にさせられてるやつがいっぱいいるんだ。だから、この同窓会で説得しようと思ったんだ。でも、問い詰めてもなんだかんだとごまかされて。そのうち中原の機嫌が悪くなってきて、山荘を追い出されて、どうするか二人で話してたところに、物音が」

「誰かに殺されたとしたら、警察が調べてくれて、中原のやったことを明らかにしてくれるって考えて、詐欺に使ってたペンを握らせて、紙に書いて、それで……」

「詐欺について、警察に証言しに行こうとは考えなかったんですか」

「だって、詐欺の共犯者になるあたしたちが何を言っても信用してくれないと思ったのよ」

「真剣に話してくれたなら、私はちゃんと受け止めました。刑事だって、何もかもを疑って人を見ているわけじゃありません」

「……っ」

「おや、サイレンが聞こえてきたね。事実をそのまま話すといいよ。詐欺の件はもう刑事ちゃんに伝わったんだから、やってもいない殺人を被ることはない」

「ああ」

「ええ。ちゃんと話すわ」








「刑事ちゃん、事件の真相に薄々気づいてたんじゃないの? だから二人を試すような言い方して黙らせたし、ボクを呼んだ。違う?」

「私は二人が共犯で中原さんを殺したんだと思ってたんです。真相にはたどり着けていません。それに、呼んでませんって最初にも言いましたよね」

「でも、ボクがあげたブレスレットつけてるよね。刑事ちゃんが事件に出会ったらすぐボクが駆けつけられるようにって渡したやつ」

「発信機でもついてるんですか」

「刑事ちゃんそれ見た瞬間、気づいたくせにー。それでもつけてくれてるんでしょ」

「さあ、どうでしょう」

「どこにいてもボクが駆けつけるから。もう二度とあんな目には合わせない。ボクが、刑事ちゃんを守るから」

「……信頼してますよ。貴方の洞察力と推理力と、その約束」

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