私は塔の郵便屋さん
橘花やよい
私は塔の郵便屋さん
塔の一番上にのぼって深呼吸をした。この街で一番高いこの塔からは、家も、草原も、森も、よく見える。
今日も快晴。これならよく飛べる。
私は袋にパンパンに詰まっていた手紙を空へと放り投げた。
カランと鈴がなって扉が開く。
「あの、手紙を届けたくて」
小さな少女が扉のかげからぴょこっと顔を覗かせた。大きな瞳を不安げに瞬きさせている。
「どうぞ、こちらに。お手紙は書いていらっしゃいましたか」
「まだなの。ここでかいてもいい?」
「もちろん」
私はカウンターに少女を手招いた。
少し背の高いカウンターの前に椅子を置いて、その椅子の上にクッションを乗せる。少女は椅子によじ登った。
少女の目のまえに色も紙質も様々な紙の束を広げた。赤、緑、黄、桃、藍、橙。無地に、柄入りのもの、つるりとしたもの、ざらりとしたもの。たくさんある。
「わあ、綺麗」
少女は感嘆の声をあげた。
「お好きなものを選んでください」
「うん」
少女は迷いながら紙を選んだ。両手で紙をもつ少女の前にペンをおく。子どもの手には少し大きくて重いペンだが、少女はしっかりとペンをもつ。
「私、字がへたなの」
恥ずかしそうに笑って、紙にペンを滑らせていく。ゆっくりゆっくり、時々つっかえながらペンを進める。インクの匂いがした。
またカランと鈴がなった。
「手紙をお願い」
にこにこと女性が微笑みながら入ってきた。恰幅のいい、愛敬のある顔立ち。パン屋の奥さんだ。
「息子さん宛てですか」
「そうなのよ。一人暮らしで寂しいみたいで、あの子よく手紙送ってくるのよね。返事出すのも大変よ」
ふふっと笑って、奥さんは懐から若葉色の手紙を取り出した。
「紙とペンを前にすると、つい長々と書いてしまうわ。お願いね」
「はい、お預かりします」
奥さんは手を振って帰っていった。
私は大きくて白い袋に若葉色の手紙をしまう。もう袋の八分目くらい手紙がたまった。
カランと鈴がなる。
小柄なおじいさんが腰をかがめて挨拶をする。私は走り寄っておじいさんを支えた。カウンターまで案内すると、おじいさんは黄色の手紙を渡してくる。
「孫が誕生日でね。お祝いをしたくて」
「おめでとうございます。お預かりします」
「ありがとう。最近孫は字が読めるようになってね、手紙を書くのが楽しいよ」
おじいさんは嬉しそうに笑って帰って行った。
白い袋に黄色の手紙をしまう。
カランと鈴が鳴った。
大人っぽい女性がお辞儀をする。
「仕事で遠くに行ってしまった彼に手紙を届けてほしいの」
「お預かりします」
「ふふっ、この紙可愛いでしょう。お気に入りなのよ」
手渡されたのは薄桃色の手紙だった。
受け取って、白い袋に薄桃色の手紙をしまう。
よろしくね、と女性は微笑んだ。
「お姉さん、手紙かけた」
女性が帰っていったころ、カウンターで黙々と手紙を書いていた少女が顔をあげた。照れくさそうに手紙を差し出してくる。水色の手紙だった。
「お父さんにかいたの」
「たしかにお預かりしました」
白い袋に水色の手紙をしまう。
「お姉さん、ちゃんと届けてね」
「はい、もちろん」
少女は小さく手を振って帰って行った。
その後も何人かが鈴を鳴らしては、手紙を預けて帰っていく。
袋が様々な色の手紙でいっぱいになってから、私は表に出て看板を下げた。
翌日、私は袋をもって塔をのぼった。
塔の一番上まで続く長い階段をあがり、外に通じる扉を開ける。風がぶわっと吹いた。
「今日もいい天気」
空気が高く澄んでいる。雲一つない青空が広がっていた。
私は白い袋の口を縛っていた紐を解く。紙とインクの香りがした。
うんしょっと袋を持って、そのまま手紙を空へとばらまいた。
手紙は空に舞い上がる。色とりどりの手紙が青空によく映えた。
しだいに手紙は形を変える。一つ一つが鳥となってはばたいていく。
若葉色、黄色、薄桃色、水色、白色、藍色、朱色、萌葱色。たくさんの鳥が、それぞれの方向へ飛んでいく。
誰かがどきどきしながら、紙を選ぶ。その日の気分、自分の好み、相手の好み、それぞれの思いで紙を選ぶ。
そうしてペンを握る。何を書こう。どうやって書こう。やっぱりどきどきしながら、紙の上にペンを走らせる。時々つまってペンを握ったまま静止して、うんうん唸る。ペンに自分の想いを乗せる。
そうして書かれた手紙は、鳥になって空を飛んでいく。
手紙にはいっぱいのどきどきと、想いが詰められている。
手紙は誰かと誰かを繋いでくれる。
たとえ離れていても手紙は届く。
「いってらっしゃい」
誰かの大事な言葉を繋ぐお手伝い。それが街の郵便屋の私の仕事。
私は塔の郵便屋さん 橘花やよい @yayoi326
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