いつも通りを素晴らしく
紫月 真夜
変わらない日々に祝福を
いつも通り。それは人によって天国にも地獄にもなる。退屈と感じるか、平和と感じるかは自分次第。そんな不確定なものが私は好きだった。
今日すべきことを全て終わらせてから、毎日の習慣となっている「発想を形にする作業」をする。
まず、季節に合った飲み物と、一枚のまっさらな紙を目の前に用意する。そして、すぐ側に転がっているペンの山の中から一本、無作為に選んだら目の前の紙に向かった。
あまり何も考えずに、ペンを走らせる。日によって絵になったり、文になったり、譜になったりするこれは、いつしか毎日の楽しみになっていた。ここで感情に任せて出来る作品は、考えながら作ったものより素晴らしい傑作になることが多かった。
*
「二泊三日で沖縄に旅行に行きましょうよ」
そう親友に誘われた時、私は期待と不安を一遍に感じた。傑作が大量に現れることに対しての期待、親友に見られながら傑作を生み出せるのかという不安。ただ、自然と話を断ろうという考えには至らず、違う部屋を予約するという約束で一緒に行くことになった。
そして、当日。
親友が傍にいることで作品を生み出せないかもしれないと心配だったが、それも杞憂に終わった。見渡す限りの透き通った碧い海、雲一つない蒼い空。そして、それらが窓から見えるこのホテル。何もかもが最高で、旅行用に買った少し小さめのスケッチブックと多色ボールペンを手放せない。移動している途中、食べている途中、買い物している途中……アイディアが出るのは止められなくて、止まらなくて。寝ることも忘れて没頭していたら、いつの間にか帰る日になっていた。
「やだよ、帰りたくない。私、ここに住みたい」
久しぶりに我儘を言ってみて親友を困らせたり、体調が悪くて動けないと自分に言い聞かせてみたり。結局それらは無駄な努力に終わり、いつの間にか私は飛行機の中でこの短かった三日間を回想していた。
歴史に触れてみたり、自然に触れてみたり、人々に触れてみたり。いつもと違う場所で心細かった日もあったけれど、親友のおかげで楽しむことができた。旅行用に持ってきたスケッチブックは、全てのページに何らかの創作物が残されている。追加でもう一冊買ってしまったくらいだ。次にまた旅行するなら、絶対ここにもう一度来ようと決めた。まだまだ見ていないものや場所があるはずだから。
*
沖縄から帰ってきた翌日、私は大量の家事に追われていた。荷解きから始まり、全てのものを元あった場所に直していく。買ったお土産を冷蔵庫の中に保管したり、着た服を洗濯したり。昨日まで見ていた楽しい夢から、急に現実に戻ってきたみたい。
いつもなら午前中に済ませていたペンと紙を使ったあの作業も、家事を全て終わらせた後、つまり夕方にすることになってしまった。
今日用意する飲み物は、もちろん沖縄土産の紅茶。紙はいつも通りA4くらいの大きさの真っ白な紙。ペンは直感で翠色のものを手に取った。自分の思うままにペンを動かしてみると、出来上がったものは詩みたいな何かだった。それは、こう始まる。
「いつも通りは素晴らしい」
いつも通りを素晴らしく 紫月 真夜 @maya_Moon_
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