紙とペンと見知らぬあなたへ。

ふなぶし あやめ

紙とペンと見知らぬあなたへ。


 拝啓



 この単語を直筆で書くことになるとは、思ってもみませんでした。なんだかむず痒い、とか、そんな心境です。


 まずは、はじめまして、ですかね。おそらくあなたと僕は、他人同士だと思います。今、あなたがこの手紙を読んでくれたことではじめて僕たちは知り合うことになりました。だから、はじめまして。

 どこであなたがこの手紙を―――封筒ではなく、瓶に詰められた手紙―――を拾ってくれたのかわかりませんが、僕は学校の近くの川から流そうと思っています。それを見つけてくれて、中を読んでくれてありがとう。僕の手書きの文字が、誰かの目に触れている。それだけで、胸がいっぱいになるくらい幸せです。不思議ですね。


 僕の自己紹介を少しだけしておくと、僕は学生です。

 今、あなたがこれを読んでいるとき、西暦では何年くらいなんでしょうか。何年も瓶は世界を漂って、あなたのところへ辿り着いた時には、もしかすると僕はもう学生ではなくなっているのかもしれません。

 でも今の僕は、学生です。僕の住んでいる場所では「学校」は5歳から一律十五年制になっていて、僕はまだ四年間は学生のままです。昔は僕の国でも細かく学校が分かれていて、義務じゃない学校もあったって聞いたこともあります。僕は自分の国以外のことはあまり教えられていないので知らないんですが、まだそんな風に学校の種類とかってあったりするんでしょうか。あなたのところはどうですか?国の端のほうの川から流したので、きっとあなたは僕とは違う国に住んでるんでしょうね。川で国境を越えた手紙、なんだかワクワクします。

 こんなことになるなら、もっと国外のことを知っておきたかったなぁって少し思っています。でもその行為は危険らしく、軍人さんがこっそり皆を見ていて、少しでも危険だって判断されたら咎められちゃうって言われてるので、やっぱり無理だったのかもしれません。


 そうそう、どうして僕が瓶に手紙なんか詰めてあなたへ向けて流したのかってことについてなんですが。

 実は僕も、似たような手紙を受け取ったんです。あの日は風が無い日で、雪が止んでいた冬のことでした。学校の帰り道、痩せた木に引っかかったしぼんだ風船を見つけたのです。ゴミだと思ったんですが、風船の先に薄い巾着が結ばれていて、気になったのでそれを見てみました。そしたら中にはこんな風に誰だか知らない人から、手紙が入っていました。

 その人は昔「日本」と呼ばれていた場所に住んでいたらしく、手紙に憧れて出してみたんだって書いていました。僕もその気持ちがわかったので、その人の真似をして、こんな風にあなたに手紙を書いてみました。

 だって、今は全部電子端末ひとつで出来ちゃうじゃないですか。僕の国では政府から一人一台、腕時計型(ウデドケイってあんまりよくわからないんですけど)の端末が支給されています。身体に埋め込めるタイプもあるんだって、ニュースで見ました。

 メッセージテキストも健康管理も出欠も、何もかもそれでやっちゃうので、紙とペンなんて最後に触ったのいつぶりだろうって思いながら、この手紙を書いています。ペンの力加減がなかなか難しくて、やっと今慣れてきたくらいです。だからほら、この手紙の最初のほうの文字、ペンの濃さもばらばらだし、文字はぐにゃぐにゃしてるでしょう?でも、そうやって書き直しが簡単じゃなくて、誰が書いても綺麗に読めるフォントも選べないのが手紙の良さだって、僕の受け取った手紙に書いていたから。だから、僕もそれをやってみようと思ったんです。読みづらくってごめんなさい。

 「拝啓」とかも、学校の授業で読んだ大昔の小説にあったから真似してみただけなんです。どうして手紙の最初に決まった言葉を書くんでしょう。そもそも、どういう意味なんでしょう。僕はわかりませんが、もしあなたがわかるのなら、あなたも誰かに手紙を書いて、そこで「拝啓」について教えてほしいです。僕は読めないかもしれませんが、きっと次の誰かが読んでくれます。

 だから、あなたも誰かに手紙を書いてみませんか?もちろん手書きで、ですよ。郵便省に出したら宛名が問われると思うので、そういうの全部書かないで、遠くの誰かに渡るような方法で。……なんだかワクワクしませんか?秘密の相談してるみたい。僕も、この手紙を川に流すのが楽しみです。


 ここまで読んでくれて、本当にありがとうございました。手書きって、面白いですね。僕、文章がおかしいって気が付いても書き直すのは大変なので、いつもならこんな書き方しない!っていうような書き方しちゃいました。これが、手紙のいいところなのかも。紙に何かを書くってこんなに面白いのに、どうして今の世の中では主流じゃなくなってるんでしょう。勿体ないですね。

 それでは、きっとあなたも次の人に手紙を書いてくれると信じて。本当に、感謝しています。お元気で!



 敬具

(この言葉の意味もわかりませんが)

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