紙とペンと風船とハクビシン

アほリ

紙とペンと風船とハクビシン

 「夕美子、何のお願いを書いて風船に付けて飛ばすの?」


 「それね・・・」



 ・・・・・・



 ハクビシンのノークは、森の中で毎日泣いていた。


 「ひもじい・・・ひもじい・・・お腹すいた・・・独りぼっちだ・・・」


 ハクビシンのノークは森の中へ初めて来てから、ほぼ数日・・・


 かつて、ハクビシンのノークは親兄妹と人間の家の屋根裏で生活していた。


 屋根裏で産まれ、

 屋根裏で親から乳を貰い、

 屋根裏で兄妹達と戯れ、

 屋根裏で成長して・・・


 ハクビシンのノークは、この家のうすぐらい屋根裏が全てであった。


 しかし住民の人間に追い払われ、今は独りぼっちでこの森で暮らしている。


 「やい!!外来生物!!早くこの山からで出ていけ!!」


 「ハクビシンは外来生物なんだよ?ここから失せろ!!」


 そこにノークが来てから目をつけられている、イタチのレビンとテンのトレノに待ち伏せられた。


 「やだ・・・ここは俺の・・・」


 ジリジリと攻めよってくるイタチとテンに、ハクビシンのノークはなすすべも無かった。


 「このハクビシン、生意気に口答えする気か?!やっちまおうぜ?」



 ボカッ!バスッ!!バキッ!!ボカッ!バスッ!!バキッ!!ガブッ!!ボカッ!!バスッ!!バキッ!!ガブッ!!ボカッ!!バスッ!!バキッ!!ガブッ!!



 「ああああーーー!!もうやだよーーーー!!この森はぁーーーー!!ああああーーー!!」


 イタチとテンに渾身のフルボッコにされ全身が汚れ、アザと噛み跡だらけのハクビシンのノークは、草原に踞って大声で泣きじゃくった。



 ふうわり・・・



 ハクビシンのノークは上空を見上げると、鉛色の空に1個の水色の風船がこの森に向かって降りてくるのを見かけた。


 「風船・・・」


 ハクビシンのノークは、思い出した。



 ・・・・・・



 「これでよしっと。」


 夕美子はペンで願い事を書いた紙を、ヘリウムガスで大きく膨らませた水色の風船の結わえてある吹き口に付けた。


 「ねぇ、夕美子。紙に書いたその想い、本当に届いたらいいねぇ。」


 「あ、みんな校庭に集まってるよ!!早く風船持って!!」


 「みんなの願い届きますように!!」


 「わーーーーい!!」


 学校の上空に、生徒達の願いが書かれた紙を付けられたカラフルな無数の風船が、一斉に飛んでいった。



 ・・・・・・



 「待ってよ!!風船!!」


 ハクビシンのノークは、どんどん高度を下げて森の草原に降りてくる水色の風船を必死に追いかけた。


 「あっ、風船だ。」


 「風船ほしいぃ!!」


 「ええっ?!」


 草原を駆けていくハクビシンのノークは、自らを良しとしないイタチのレビンとテンのトレノが同じく上空の風船を追いかけていくのに気付いてゾッとした。


 「なあ、外来種!!おめえも風船か?」


 「ひとのまねをするな!まねしんぼ!!」


 「真似じゃないやい!!僕が先にあの風船を追いかけてたんだ!!」


 水色の風船はやがて草原のど真中に落着して、草原を微風に煽られてフワフワと揺れた。


 「貰ったぁーーーー!!」


 ハクビシンのノークは興奮のあまり、地面に転がる水色の風船にとびかかった。


 「隙あり!!」



 しゅっ!!



 「痛い!!」


 ハクビシンのノークは、テンのトレノに腕を引っ掛かれて転げた。


 「いや!!俺のものだ!!」


 小柄なイタチのレビンは、風船の吹き口を掴もうとするテンのトレノの腕にガブッと噛んだ。


 「イテッ!レビン!何するんだ?!」


 「俺だって、風船欲しいんだもん!!」


 「いや、俺が風船を先に見つけたんだ!!」


 「俺のだ!!」「いやの俺だ!!」


 イタチとテンが啀み合う中、ころころと脚元に転がってきた水色の風船を、ハクビシンのノークは口で暮らしている吹き口をくわえてキャッチした。


 「捕ったど!!風船・・・!!」


 ハクビシンのノークは、結ばれた風船の吹き口にセロテープで固定されている1枚の紙切れを見た。


 「これは・・・この文字は?!」


 ハクビシンのノークは、ペンで書かれたこの自筆の文字の癖に見覚えがあった。


 ・・・・・・


 まだノークが、子ハクビシンだった頃。


 ノークは家の屋根裏から、この家の娘の夕美子が学校の復習をしているとこを見ていた。


 「さくら、さ・く・ら。」


 夕美子は、書いている文字を声に出しながら何度も次の練習をしていた。


 夕美子が『桜』の文字は、字体が全体的にグニャリとした特徴のあり、ノークはその字の鉛筆の筆順を興味深く目で追っていた。


 「さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、さ・く・ら、」


 子ハクビシンのノークが、夕美子の字体の筆順を目で追いかけているうちに、ノークは段々フラフラしてきて、やがて目を回した。



 ドサッ!!



 「きゃっ!!」


 夕美子は、書き順ノートの上に突然屋根裏部屋から鼻が白い猫のような生き物が降ってきて、声をあげてビックリした。


 「どうしたの?夕美子。」


 母親が、子供部屋にやって来た。


 「な、何でもない。」


 夕美子は、その降ってきた生き物を服を机の奥に隠すと、動物図鑑を開いた。


 「ハクビシン・・・『ハクビシン』っていうの?!君!!」


 これが、夕美子とハクビシンのノークとのファーストコンタクトだった。


 やがて、ハクビシンのノークと夕美子は親に内緒の部屋の友達となり、おやつを分け与えたり、一緒にボールで遊んだり・・・


 そんな愉しい時間は直ぐに終わりを告げた。


 「嫌ぁーーーー!!またこんなとこにハクビシンの糞が!!汚なぁい!!」


 「何?ここにあった野菜・・・誰が食い散らかした?」「ハクビシンが天井から降りてきたわよ?」「またあいつらか!!」


 天井裏に、ハクビシンが住み着いている事が親に知られてしまったのだ。


 「天井ドンドンドンドンドンドンドンドン煩い!!」「ハクビシンが駆け回ってるのよ?」「もう我慢できねぇ!!」


 数日後の事だった。


 「パパ!!何電話してるの?!」


 「消毒会社に頼んで、憎たらしい天井のハクビシンを駆除して貰おうと・・・」


 「やめて!!あのハクビシンちゃん達は私の友達なの!!」


 夕美子は、消毒業者を電話で呼ぼうとしているパパを羽交締めにした。


 「夕美子!!親に歯向かうのか!!ハクビシンはなあ!!外来生物なんだよ!!

 病原菌を撒き散らすから駆除して貰おうと・・・」

 

 「やめて!!パパ!!やめて!!私のハクビシンさんを殺さないで!!」


 

 「もしもしー!!消毒会社のものでーす!!ハクビシンの駆除に来ましたーーー!!」


 消毒業者が夕美子の家に来るやいなや、家に住み着いた『迷惑な』ハクビシンを捕獲檻に誘き寄せて捉えようとしていたその時・・・


 「キャーーーーー!!私のノークちゃんを捕まえないでぇーーー!!」


 『ノーク』は、夕美子が子ハクビシンに付けた名前だ。


 夕美子は、学校を早引きして血相を変えて家に帰ってきたのだ。


 夕美子はランドセルを放り投げて、消毒業者の仕掛けた捕獲檻に今正に入ろうとしていた、子ハクビシンのノークを鷲掴みすると、羽交締めにして取り押さえようとする親と消毒業者を振りきって、自転車を漕いで近くの山奥へ急いだ。


 「ごめんね・・・あんたのパパとママと兄弟を救えなくて・・・

 あんたは・・・ここで達者に暮らしね・・・

 今までありがとう・・・!!

 元気でね・・・!!」


 大粒の涙を流して、夕美子はそっと子ハクビシンのノークを森の中に放した。


 ・・・ここは何処・・・?


 子ハクビシンのノークは訳が解らぬまま、自転車で走り去る夕美子を不思議そうに見詰めていた。


 

 ・・・・・・



 「あの娘だ・・・!!正真正銘のあの娘・・・夕美子さんの字だ!!」


 ハクビシンのノークの目から、一筋の涙が溢れた。


 「夕美子さん・・・」


 この水色の風船は、夕美子が学校の校庭で手紙を付けて生徒の皆で飛ばした風船だったのだ。


 「おい!ハクビシン!!てめえ!!俺の風船を・・・」


 「いや、俺のでしょ?」


 「ちっぽけイタチは黙れ!!」「んだと?ずんぐりテン!!」


 テンのトレノとイタチのレビンはお互い啀み合いながら、風船に付けた紙を見詰めて感慨にふけるハクビシンのノークに詰め寄った。


 「いいよ。風船欲しいんでしょ?あげるよ。

 僕は、この紙だけで充分だよ。」


 ハクビシンのノークは風船から手紙を外すと、押し合い圧し合いするテンとイタチに水色の風船をぽーんと差し上げた。


 「ハクビシンの奴、奇特だなあ。

 あんな紙切れが欲しいなんて・・・あっ!!イタチ!!俺の風船を独り占めするな!!」


 「ばーか!この風船は俺のでーす!テンさぁーん!!」


 「いや!!この風船は俺のだ!!」「俺のだ!!」「俺のだ!!」


 イタチのレビンとテンのトレノ同士は、ヘリウムの浮力が無くなり性の抜けた水色の風船を奪い合った。


 「俺の!!」「俺の!!」「俺の!!」「俺の!!」「俺!!」「俺!!」「俺!!」「俺!!」



 ぱぁーーーーん!!



 「風船割れちゃった・・・」


 「ばたんきゅう・・・」


 イタチのレビンとテンのトレノがのびている中、ハクビシンのノークは『友達』であり『恩人』である夕美子が書いた手紙をそっと抱き締めて、ノークの塒に帰った。


 ハクビシンのノークは、塒で寝そべって紙に覚束無いペンで書いたこの文字を何度も読み返しては、目に涙を流した。


 《この風船が、ハクビシンのノークちゃんのいるところへ飛びますように。

 ハクビシンのノークちゃん、

 どこかの森で元気でいてね。

 遠く離れても、ハクビシンのノークちゃんといつでもいっしょだからね。》




 ~紙とペンと風船とハクビシン~


 ~fin~






 



 

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紙とペンと風船とハクビシン アほリ @ahori1970

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