紙とペンと一杯の紅茶
倉谷みこと
第1話 紙とペンと一杯の紅茶
拝啓、なんて言うと堅苦しいかな。でも、手紙の始まり方なんて、いつも堅苦しいものだよね。
前置きはこのくらいにして。
僕は、君が淹れてくれた紅茶が大好きだった。いや、今でも好きだ。
君が淹れてくれた紅茶で、僕が舌をやけどしたことがあったよね。君は、自分が失敗したんじゃないかって相当焦ってたけど、あれは単なる僕のミスだ。大好きな君が僕のために淹れてくれたってことがとてもうれしくて、つい冷ますことも忘れて飲んでしまったんだ。あの時は本当にごめん。素直に謝ればよかったね。
他にも、些細ないざこざがたくさんあったけど、君に出会えたこと、君と過ごせたこと……本当に幸せだったよ。もちろん、これは本心さ。今でも、隣に君がいないのが夢であってほしいと思ってる。
わがままだよね、君を傷つけたのに。僕だってそう思うよ。
でも、これだけは言わせてほしい。今までありがとう。そして……ごめん。
この先、もう君に会うことはないと思う。僕の分まで幸せになってほしい。
最後にひとつだけわがままを言わせてもらえるなら、もう一度、君が淹れた紅茶が飲みたかったな。
最愛の君へ
愚かな男より
――書き終えた僕は、ひとつため息をついた。
便箋を丁寧にたたんで封筒に入れる。封をしようか迷ったが、投函することはないのでやめておいた。
それを机の上に置いたところで、写真立てが視界に入った。僕と彼女が笑顔で寄り添っている写真――僕達がつき合って初めてのクリスマスの時に撮った写真だ。この机に置いて、ことあるごとに眺めては幸せをかみしめていたんだっけ。
そんなことを思い出した僕は、ほんの少しの間、感傷にひたる。いい思い出も悪い思い出も、走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えていく。
ふと、目頭が熱くなるのを感じた僕は、目を乱暴にこすり、写真立てを手紙の隣に伏せて置いた。
「……じゃあな」
小さくつぶやいて家を出る。
これからどこへ向かおうか。とはいっても、所持品は小銭が数枚入っただけの小銭入れと錠剤が入った小瓶だけ。行ける場所は限られる。
できれば、他の人の迷惑にならない場所がいいな……。まあ、どこへ行っても迷惑にはなるか。
苦笑しながら、あてもなく彷徨う。
ふらふらとおぼつかない足取りでたどり着いたのは、小さな公園だった。僕と彼女が出会った思い出の公園。僕は、あの時と同じようにベンチに腰かけた。
あの時と同じように、また彼女に会えるんじゃないかと思って。でも、そんなに都合のいいことなんてあるわけない。
僕は、頭を振って都合のいい妄想を思考から追い出して立ち上がる。公園内にある自販機でミネラルウォーターを買い、ベンチに戻った。
ズボンのポケットから小瓶を取り出す。何の変哲もない睡眠薬だ。一回二錠、用法容量を守って……などとラベルには書いてあるが、それを無視して小瓶から手のひらに錠剤を出す。しかし、それほど多くは出なかった。
手のひらの錠剤をミネラルウォーターで飲み込んだ僕は、また錠剤を出しては水で流し込むを繰り返す。
小瓶の半分ほどの量を飲んだ直後、猛烈な睡魔に襲われた。
僕は、睡魔に抗うことなくベンチの背もたれに身をゆだねて目を閉じた。静かにゆっくりと気が遠くなるのを感じながら……。
紙とペンと一杯の紅茶 倉谷みこと @mikoto794
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