紙とペンと宇宙の星たち
秋田健次郎
遠い時代の誰か
大昔に生きた人たちはいったいどんな景色を見ていたのだろうか?
窓の外をじっと見つめてみるがゆがんだ光の渦しか見えない。
ワープホールの中は退屈だ。ずっと同じ景色で音も揺れも何もない。隣に座っている母も僕の肩を枕にして寝ている。
母親を起こさないようにそっと足元にあるバッグから電子パッドと紙とペンを取り出す。電子パッドの画面側を下にして太ももの上に乗せると、その上にそっと紙を置く。
すると、母が目を覚まし驚いた様子で
「ちょっと、そんなものどうしたの?」
と小声で言った。
今や紙とペンなどというものは博物館に展示されているレベルの骨董品であるため驚くのも無理はない。
「昨日、どういう訳か僕の部屋にあったんだ。多分ワープ障害だと思うけど。」
「だったら、ちゃんと警察に届けないとだめでしょ。」
母はむっとした表情で僕を叱りつけたがこの前ワープ障害で家に飛んできた光電池を警察に届けず使ったことを知っているので少し不満に感じながらも口には出さなかった。
「叔父に手紙を書こうと思って。」
「手紙ってそんな原始人じゃないんだから……というか、あんた文字書けるの?」
「一応現役の学生だからね。」
僕はそう言いながらペンで ”叔父さんへ” と書き始めた。
「いやあ、もう私書き方なんて忘れちゃったわ。」
母は僕が文字を書く様子を感心しながら見つめていた。僕が聞いた話によると文字の書き方を学校で教えているのは日本くらいのもので、肝心の日本人も社会人になると次第に文字の書き方を忘れてしまう人が多いようだ。
学校での文字の授業も旧型の電子パッドと電子ペンを使っているため紙とペンを使うのは僕も初めてだ。確かに最近は思考コミュニケーションなんてものも出てきているくらいでそんな時代に文字の書き方を教える日本は時代遅れと言われても仕方ないかもしれない。
でも、僕は文字を書くという行為が好きだ。文字を書いていると何故だか昔の人とつながれるような気がするから。江戸時代か平成時代かそのあたりの人たちはきっと皆、紙に文字を書いていたんだと思う。
手紙を書き終えてペンを置く。
「生のペンって書きにくいね。」
僕は所々文字のゆがんだ手紙を見て言った。
「いや、文字が書けるだけですごいよ。」
「そうかな……」
僕がそう声に出したところで
「まもなくワープホールを抜けます。席に戻り体を固定してください。」
というアナウンスが入った。
眠っていた乗客たちが続々と目覚め、ベルトを締める。隣では母は「意外と早かったわね」と呟き、小さな子供が手招きをする母親のところへと戻っていく。
僕は最後に窓の外を覗いてみると机に向かって何かを書いている少年の姿が見えた。それが僕の見た幻想であるのか、いつかの時代に生きていた誰かなのかは分からない。少しの間彼がいた窓は気が付くと宇宙に瞬く星たちを映していた。彼はこの景色を夢見ただろうか。もしかするとこの紙とペンは彼がくれたものなのかもしれない。僕は紙の質感を指で感じながら実在したのさえ分からない彼に思いを馳せる。
紙とペンと宇宙の星たち 秋田健次郎 @akitakenzirou
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