ペンは剣よりも強し

杜侍音

紙とペンと剣


「うぉぉおおりゃぁぁあ‼︎」


 一人の男が剣を振り回しながら、声を上げている。側から見たらただの変質者。

 そんな男をそばで見ている私だが、まぁ通報はしない。一応、知り合いなので。

 けれども、いつか通報されるかもしれないとヒヤヒヤしている。ここは河川敷。たくさんの人々が憩いの場として訪れるので、とてもよく目立つ。


「ねぇ、いつまでそうしてんの?」

「剣はペンよりも強いということを証明するまでだぁ‼︎」

「いや、どうやってよ」

「分からん!」


 彼の名前は真壁大地まかべ だいち

 もう彼の性格はご存知だと思うが、暑苦しく、そしてバカ真面目である。

 何故、彼は今、剣を振り回しているのか。

 その理由は今日の国語の授業にある。



 一つの評論文を読み解くという授業があった。その授業の中身に『ペンは剣よりも強し』という言葉があったのだ。そこからメディアについて内容が展開されていくという文章だったのだが……。


「ペンが剣よりも強いだと? そんなわけないだろう! あの剣だぞ! あの剣がペンに負けるわけない‼︎」


 と、大地は揶揄的表現を真っ直ぐに受け止めて反論。

 だから今、大地は剣の方が強いということを確かめたくて剣を振るっている。

 そもそもあの剣って何よ……。


空崎そらざき! ペン持ってるか?」


 空崎とは私の苗字。


「持ってるけど……どうして?」

「ホントにペンの方が強いのか。これで叩き斬ってみる! だからペン貸してくれ!」

「嫌に決まってるでしょ! 私のペン壊れるでしょうが!」

「何故だ? ペンが強いならば壊れることはないだろう?」


 大地は純粋な瞳でこちらを見てくる。

 どんな顔したって貸すことは絶対ない。


「あのね、何度も言うけど『ペンは剣よりも強し』って直接対決じゃないの。情報は物理的暴力よりも強いということ」

「情報? ペンはどこ行った」

「ペンで紙に書いた言葉のことよ。昔とかほら、新聞とか署名とか令状があるわけじゃん。そこに書かれてる言葉、イコール情報が民衆を容易に動かせたわけよ」

「なるほど、分かった!」

「そう、それなら良かったわ」


 説明をどれだけこのバカでも分かるように簡単に出来るか。ちょっと説明しただけで疲れるのでひとまず休むことにしたので、その辺に座り込む。


「空崎、紙を出してくれ」

「紙?」

「一枚でいいぞ!」


 とりあえず私は鞄からルーズリーフを一枚取り出し渡した。

 大地はそれを地面から少し飛び出してる大きめの石の上に置いた。


「うぉりゃぁぁあ‼︎」


 大きく振りかぶった剣は、紙への狙いを外し、石に当たった。


「ぬぉぉぉ……痺れる……。やるな紙!」

「……なにやってんの」

「ペンで突き刺せば、紙を破ることが出来るだろ。ならば剣で紙を破ることが出来ないのならば、この時点でペンの方が強いと証明できる!」

「いや、意味分かんないし。それに当たったの石だから。石に負けてるから」

「た、確かに‼︎」


 大地は繰り返し、紙に攻撃。

 けれども中々当たらない。


「くぅぅ……! 中々当たらない。まさか命中率でも剣は負けてるというのか!」

「ずっと気になってたけど、そもそもその剣はどこで見つけたのよ」

「落ちてた!」

「あ、そう……」


 大地は諦めず、繰り返し、紙に攻撃。

 剣が重いのか、やはり当たらない。

 わざわざ振りかぶらなくても、刺せばいいだけなのに。

 彼はバカである。

 バカで、人の話も聞かないし、やっぱりバカだし、バカなんだけど、真っ直ぐで。


──そんな彼が私は好きだ。


 言葉が人の心を震わせる。

 だから私は鞄の中に手紙を忍ばせている。ずっと渡せてない気持ちを綴った恋文を。


「……いつまで続けるの」

「俺が納得するまでだ!」

「そう……。じゃあこれ読んでみて」


 私は彼の目を見ずに、恋文を渡した。

 剣をブンブン振ってるより、直接相手の心に伝えるメッセージ。

 手紙を読んで、大地の気持ちが震えたら、それは……それはペンの方が強いんだって証明出来るはず。


「ふんぬっ」


 と、渡した恋文を大地の持つ剣で引き裂かれた。

 恋文は落ち葉のようにバラバラにヒラヒラと落ちていった。


「……は?」

「おー、当たった! 剣とペンは同じくらい強いな!」

「いやいやいやいや何してくれてんの⁉︎」

「え? この紙で試してみろということじゃないのか?」

「話聞いてたぁ⁉︎」


 大地には恋文も伝わらないようだ。だって読まないんだもん。

 これで私の気持ちに気付いてもらうために色々やってみて16連敗。ベタな恋文作戦も通じなかった。


「はぁ……どうすればいいのやら……」

「悩み事か?」

「まぁね」


 あんたのせいだけど。


「悩み事というのは大体が人間関係によるものだな!」

「まぁ……」


 あんたのせいだけどね。


「そうか、やっぱり人間関係か。解決するのは簡単だ。直接相手に自分の気持ちを素直に伝えることだ!」

「……まぁ、そうなんだろうけどさ」

「やはりペンは弱いな」

「どういうこと?」

「簡単さ。ペンで書いて伝えるよりも、直接伝えた方が早いし、想いも真っ直ぐ伝わるじゃないか。だから剣の方が強い! ……って、こともないか。一番強いのは伝える勇気だな」

「勇気か……」

「ペンで書いた情報で人の心を震わせる。確かにその通りかもしれないが、人の口から出た言葉の方が一番人の心を震わせるだろうな!」


 そして、大地はまた剣を振り回すことに戻った。

 結論は見つけたみたいなのに、振ることはやめないみたいだ。最早、楽しんでいる。


 私は今から何しようか。いや、もう言うことは決まっている。恥ずかしくてなんだか身体が熱いけど。

 大地はバカだけど、私の心を震わせる。

 私に勇気を与えるなんて、彼は本当は頭いいのかも。って、知ってたよ。


「ねぇ、大地。ちょっと言いたいことがあるんだけどさ──」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ペンは剣よりも強し 杜侍音 @nekousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ