紙とペンとシンデレラ

蒼真まこ

第1話 シンデレラは今日もペンを走らせる

 むかしむかしあるところ、とある国に、シンデレラという少女がいました。

母は早くに亡くなってしまいましたが、父はシンデレラこよなく愛しました。

欲しいものは何でも買い与えましたが、シンデレラが欲しがったのは

たくさんの絵本や、ちょっとむずかしい本でした。

物語が好きなシンデレラに、父は毎日読み聞かせをするのでした。


「ねぇ、お父様。わたしも何か、お話が書いてみたいわ」

「シンデレラが? それは面白い。すぐにペンと紙を用意してあげるよ」


 その国ではペンと紙は高級品でしたが、娘をこよなく愛する父は

最上級のペンと、上質な紙をたっぷり用意してあげました。


「お父様、物語が次々あふれて来るの!」

「そうかい、そうかい。我が娘は天才だ」


 親バカなシンデレラの父は、シンデレラの書いた物語を町の印刷所にもっていき

一冊の本にしました。戯れに人に勧めたところ、「これは面白い」と評判になりました。少しだけ増刷したところ、たちまち完売。やがてシンデレラの本はベストセラー

となりました。商人であった父は思わぬ収入に戸惑いましたが、愛娘のために

そっと貯金しておくのでした。

 そしてシンデレラが創作に打ち込めるよう、名前を明かさないことに決め、

ペンネーム「S嬢」としました。


 ある日、シンデレラの父は、知人の紹介で再婚しました。新しい母となる

継母は、華やかな美しさをもつ人でした。つんとすました姉も2人できました。

シンデレラはちょっと苦手な人たちのように思いましたが、父の幸せのため

そっと気持ちを封じ込めました。

 

 翌年、シンデレラの父は流行病であっけなく亡くなりました。

最後までシンデレラの幸せを願いながら。

その時からシンデレラの運命は、大きく変わってしまったのです。



           ◇


「シンデレラ、早く書いてしまいなさい! 明日までには脱稿するのよ!」

「そんな、お母様。無理です。昨日だって一睡もしてないのに」

「お前がのろまだからいけないのでしょう? さっさと書いてしまえばいいの!」

「無理です、物語を書くということは、そんなに簡単なことではないのです」

「口答えするんじゃありません!」


 シンデレラの創作力に目をつけた継母は、シンデレラを自らのゴーストライターに

してしまいました。そして「美しすぎる貴婦人作家」として華々しく売り出したです。皮肉にも本は売れに売れ、ひっきりなしに執筆依頼が舞い込みます。

 2人の姉たちも「私たちだって先生といわれて、ちやほやされたいわ」

とシンデレラに物語を書くよう命じるのです。

 シンデレラは来る日も来る日も、紙にペンを走らせました。


「うう、もう書けない、書けないわ」


 シンデレラはぽろぽろと涙をこぼしました。涙で原稿が汚れたことに激怒した

継母は、シンデレラを屋根裏部屋に閉じ込めてしまいました。


             


「わたしたちは大手出版社のパーティーに行ってきます。シンデレラ、おまえは

今日も屋根裏部屋で執筆に励むのよ」

「はい……」


 パーティーを開く出版社は、国で一番の出版社といわれるほど大きなところです。王族が出資しているといわれ、王子様もお忍びでやってきます。

それを聞いたシンデレラの継母と姉2人は「最高の玉の輿になりそうね!」と

意気揚々と出掛けました。身につけているドレスや宝石は全て、シンデレラが書いた本で稼いだものでした。


「私もパーティーに行ってみたいわ。そして王子様に私の書いた物語を読んでいただきたい」


 シンデレラは呟きました。けれど何もできません。


「シンデレラ、シンデレラ」

「あら、外から私を呼ぶ声が聞こえるわ」


 不思議に思い、小さな窓から外を見てみると、ひとりの老婆が立っていました。


「あなたはどなた?」

「わたしかい? わたしは『本の魔女』」

「本の魔女ですって。そんな方がいるのね!」

「冗談だよ。『本の魔女』というのは通り名で、この国で最初に本を作り出した

職人なのさ」

「お会いできて嬉しいわ! でも私は出られないのです」

「大丈夫」


 本の魔女といわれる老女は、さっと鍵を取り出すと屋敷の鍵を開け、シンデレラが

閉じ込められている屋根裏部屋も開けてしまいました。


「まぁ、おばあさまはやっぱり魔女ね! 魔法で鍵を開けられたわ」

「いや、これは昔取った杵柄……いや、むかしの経験さ。どうということはない」

「そうなのですか。それで私に何の御用がありますの?」

「そうだった、シンデレラ。おまえは今日のパーティーに行くべきだ」


  今日のパーティーには、実は秘密の狙いがあったのです。


「王子様はな、本が大好きな方なのだが、あまりに読みすぎたので

王子様が満足される本がなくなってしまったのだ。困った王や使用人たちは

パーティーという名の秘密の同人誌即売会を開き、王子様を満足させることが

できた作家を国公認の作家にしようというのだよ」

「それはすばらしいわ」

「挑戦してみるかい?」

「はい、ぜひ」

「では、したくをしなさい。パーティーにふさわしいドレスに着替え、書いた

物語も忘れずにね」

「ドレスなんて、ありませんわ」

「ドレスなら私が用意したよ」


 老婆は見事なドレスをバックから取り出しました。靴と髪飾りまであります。


「こんなすばらしいもの、いただけません。私はお金をもっていませんの」

「これはおまえが稼いだお金で買ったものだ。おまえの父が存命だった頃に

「S嬢」というペンネームで本を出版していたろう? その時のお金を

おまえの父から預かっていたんだよ。シンデレラへのプレゼントも預かってる」

「お父様……」


 シンデレラは父の愛を感じ、はらはらと泣き崩れました。


「さぁ、泣いている場合じゃない。わたしがメイクしてあげよう。これでも昔は

王室お抱えの化粧師でもあったからね、メイクも得意なのさ」

「まぁ、さすがは魔女様ね」


 美しく変身したシンデレラは、魔女が用意した馬車に乗り込み、パーティーに

むかいました。


            ◇


「つまらん、なんてつまらない物語だ。これはあの名作の模倣、そっちはありきたりな展開で先が読めてしまう。もうこの世には、ぼくが満足できる物語はないのか」


 王子様は気品あふれる美しさをもつ人でしたが、異常な本好きでした。

本好きのあまり、コレクターとなり、ありとあらゆる本を読み尽くしてしまいました。


「王子様、僭越ながら、わたくしが書いた物語を読んでいただけないでしょうか?」


 美しくドレスアップしたシンデレラは、秘かに少しずつ書き溜めていた物語を

原稿用紙のままパーティーに持ち込みました。


「おお、なんと美しいお嬢さんだ。新しい物語があるならぼくに読ませておくれ」


 シンデレラはそっと原稿を渡しました。貪るように読んでいく美しい王子様を

じっと見守ります。


「すばらしい! 君こそぼくが求めていた天才作家だ」


 そういうと、王子はシンデレラの手を取り、ダンスを始めました。


「あなたの書いた本があまりにすばらしいのでね、踊らずにはいられないのだ」

「まぁ、王子様ったら」


 王子様とシンデレラはくるくると舞い踊り、パーティーで一番注目をあびることになりました。

 着飾っただけで、手ぶらでパーティーにやってきた継母と2人の姉は、はなから

相手にされませんでした。


「君の名は?」

「わたくしの名は……」


 その時、12時の鐘の音が鳴り響きました。シンデレラは魔女から12時を過ぎたら帰宅するようにいわれていました。


「わたくし、もう帰りませんと」

「いやだ、帰したくない」

「無理です、帰ります」


 シンデレラは王子様の手を振り払うと、パーティー会場を飛び出しました。


「待って!」


 シンデレラはあっという間に姿を消してしまいました。


「なんて足の早い。おや、これは……」


 そこにはきらきらと光る、ガラスのペンが落ちていました。



            ◇


「ところで、本の魔女様。どうして12時には帰らないといけなかったのですか?」

「ふふふ、恋と物語に障害は付き物。障害があれば話が盛り上がるのさ」

「なるほど。それは納得ですわ」


 本の魔女の狙い通り、シンデレラを愛しすぎてしまった王子様は、兵士を使って

シンデレラを探しました。


「ガラスのペンで、さらさらと物語を書いた者こそ我が姫君。必ず探し出すのだ」

「かしこまりました」


 シンデレラの屋敷にも王子様たちはやってきました。継母と姉2人はこぞって

ガラスのペンをもち、紙に走らせましたが、ミミズのような字しか書けません。


「おまえが有名作家というのは大嘘だな!」


 継母たちがゴーストライターを使っていたことを、王子様は見抜きました。


「ゴーストライターにされたものはどこにいる」

「王子様、わたくしはここにおります」

「おお、そなたは」

 

 ガラスのペンを受け取ったシンデレラは、さらさらと物語をしたためました。

それは娘をこよなく愛する父親の物語でした。

 シンデレラの父は、シンデレラが大人になった時に使えるよう、国一番の職人に

ガラスのペンを作らせていたのです。それは宝飾品かと思うほど美しいものであり、シンデレラの手の形に合わせて作った特注品でした。


「そなたこそ、ぼくが探し求めていた天才作家だ。ぼくはS嬢の大ファンでね。

S嬢の本に出会ったことで私は本好きになったのだ」

「そうでしたの。嬉しいですわ」

「君の名は?」

「わたくしの本当の名は、シンデレラ」

「シンデレラ! ぼくの専属作家、そして愛する妻となっておくれ」

「はい、喜んで」


 こうしてシンデレラは王子様専属の作家となり、整えられた環境で

心ゆくまで創作を楽しみました。そして国は良質な本で溢れることになるのです。

やがて文学の国と謳われることになるのですが、幸せなシンデレラと王子様には

関係のないことなのでありました。

めでたし、めでたし。


 

                了






 









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紙とペンとシンデレラ 蒼真まこ @takamiya777

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