橋を越えた先の運命の人

阿尾鈴悟

橋を越えた先の運命の人

 常才高校は私立の共学校だ。在校生は多くも少なくもなく、部活成績、学校偏差値、共に中程。権利の関係なのか、敷地が道路によって真っ二つにされており、それぞれに建てられた校舎は、アーケード付きの橋によって繋がっているという、何とも奇特な形状をしている。一見すると、敷地と校舎以外、あまり特色のない学校である。

 しかし、その内情にこそ、この高校、最大の特徴があった。

 共学でありながらの男女別学。

 この高校では、男子と女子がそれぞれ別の校舎へ登校し、特に行き来することも無く下校する。つまるところ、教師が同じだけの、ほとんど別の学校なのだ。

 生徒には基本的に許可のない橋の使用が認められない。仮に許可無く渡ろうものなら、校舎の最上階にある職員室から良く見えてしまうため、すぐさま連絡が行き渡り、対岸で待ちかまえる教師陣に捕獲される。不純だろうが清純だろうが、この学校においては異性交遊など、万が一にでもあり得ないのである。

 だが、これを知らないで入る者の多いこと。文化祭など、外部の人も学校に来る行事の際は、橋の使用許可がいらないからだ。そんなことだから、物語の世界の高校のように、部活で汗を流し、仲間たちとの友情を育み、あまつさえ恋まで出来たなら、と考えて入学し、初日から青春の一部を切り取られて絶望の淵に立たされる者は後を絶たない。

 乾健二もその一人である。いや、典型的な例と呼んでも良いかもしれない。なにせ入学直後に詐欺だ何だと叫びながら廊下を走ったのだから、その胸中にはただならぬ期待があったのだろう。

 そんな彼が猫田美保に心を奪われたのは、二年生の夏だった。一目惚れである。たまたま、男子校舎に主な机を置く教師に質問へ来ていた彼女を見て、いとも簡単に念願だった恋に落ちたのだ。

 それからと言うもの、彼はどうにか想いを伝えようと、あらゆる手段を以て、向こうの校舎へ入ろうとした。

 初めに考えたのが、教師のフリをして橋を渡る作戦である。教師のほとんどがスーツを着て、教科書を持って向こう岸に渡るのだから、いかにもそれらしい格好をすれば、ごまかせるのではないかと考えたのだ。

 しかし、学生である時分、スーツなんて高級品は、そう簡単に手が届かない。なおかつ、アルバイトは高校で禁止されている。そこで乾は友人の鳥海大悟に相談をした。彼は学年でも上位に入る頭脳を持っているにも関わらず、乾のように馬鹿げた挑戦を真面目に考える人間が好きだった。

「知り合いから借りれば良いんじゃないの?」

 簡単なアドバイスだが、これ以上に的確なものがあるだろうか。乾は感心して、手当たり次第に、友人へお兄さんがスーツを持っていないか尋ねた。

 しかし、それが良くなかった。彼はあまりに大々的に聞いて回ったがために、教師の耳にも「乾がスーツを探している」という情報が届いてしまったのだ。目的までは分からないものの、アルバイトでも始めようと考えているのではないかと疑った教師によって、取り調べ面談が行われ、乾の計画は頓挫してしまった。

 それでもあきらめるような乾ではない。次に考えたのは、橋の下を通り、道路を越えて、向こう側に行こうというものだった。

 計画は単純で教師が監視している橋に身を隠し、逆に利用してやろうというものだ。道路も充分に気をつければ渡れるだろう。教師に変装するなどより、よっぽど簡単で確実である。

 早速、乾は橋の下の窓から外に出て、周囲を確認しながら、小走りで対岸の校舎を目指した。幸いにも、手入れがされていないらしく、橋の下はちょっとした草むらとなっており、隠れるには最適だった。予想通りというべきか、教師が追ってくる気配もなく、向こうで待ち伏せしている様子もない。道路を素早く越えて、ついに向こう側へ到達した時、彼には得も言われぬ充足感で満たされた。これで猫田さんに想いを伝えられる。そう思い、橋を最後まで潜り抜けたところで、彼ははたと気付いてしまった。

 ──どうやって校舎に入れば良いんだろう。

 女子校舎にも、橋の下に窓はあった。しかし、鍵が閉められている。だったら、昇降口から入るしかないが、間違いなく、見張りの教師か警備員がいるだろう。

 乾は自らの負けを認め、元来た道を戻っていった。

 彼が戻ったところを教師に見つかるまで、後、五分。

 彼が謹慎中に新たなる作戦を考えつくまで、後、三日。

 彼が女装をするまで、後、一ヶ月。

 彼がアーケードの上を渡ると言い出すまで、後、三ヶ月。

 彼の友人が協力者を募るまで、後、六ヶ月。

 彼が猫田さんを見つけるまで、後、九ヶ月。

 彼が猫田さんに想いを伝えるまで、後、──。

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