最終兵器異世界彼女

日下鉄男

最終兵器異世界彼女


 トラックに引かれて死んだ僕は神様の元に運ばれ、レベル99のチートイケメン勇者というステータスで異世界に転生させられた。


 まあせっかく転生したのだから、このチート能力を使って俺TUEEE!なモテモテハーレム異世界ライフを謳歌してやろうと思ったのだけれども。


 その夢は叶わなかった。

 

 僕よりも圧倒的に強い女の子がこの異世界に飛んできたからだ。


 ◇◆◇


「零号(ぜろごう)ちゃん。帰ったよ」


 ギルドクエストを終えて家に帰り、同居人の名を呼んだ。

 すると、身体が突然重くなった。

 背中にしがみつかれたのだ。


「おんぶは構わないけど、先に一言断って」


〈ん、ん、すはすは〉


 零号ちゃんが僕におぶさったまま、僕の身体にお股をこすりつけ、体臭をかぎまくっている。僕は暫くの間、彼女の好きにさせた。


〈ありがとうございます。堪能しました。しました〉


 ようやっと満足したのか、零号ちゃんが僕の背中から離れる。


 銀糸の長い髪に、赤い瞳。口元が隠れるほどに襟が高い純白のワンピース。


 人工的過ぎるほどに美しいこの女の子は――最終兵器だ。


 彼女は僕が前世にいた頃よりも未来の地球から、この異世界にやってきた。


 未来では『大オセアニア帝国』という超大国が生まれており、強大な軍事力で地球を征服したらしい(怖い)。


 征服後、この世界とは別の世界があることを発見した帝国は、マニフェスト・デスティニーの標語を掲げて行動を開始。僕の転生した異世界を侵略すべく、次元の壁を超えて、一体の最終兵器を送り込んできた。それが零号ちゃんだ。


 本名は『サンプルB零号』。


 零号ちゃんがこちらにトテトテと歩いてきて、僕の身体を上から下まで見分する。


〈け、怪我、ないですか? ないですよね? よね?〉


 袖を引っ張りながら心配そうな眼差しで尋ねられた。


「あのね、零号ちゃん。僕、一応レベル99の勇者だから。推奨レベル20のダンジョンで怪我なんてしないよ」


〈でもでも、ゼロは心配です。なぜならばハルはゼロに比してクソほどに弱いからです〉


 ハルは僕の名前だ。

 勇者ハル。前世の本名は南春樹(みなみはるき)。

 

 何千何万の魔物の軍勢を一撃で屠るだけの魔法とかたくさん覚えてる僕ですらも、零号ちゃんからすればクソ雑魚扱いである。


 理由はまあわかる。零号ちゃんが本気を出せば、何千何万どころか、生きとし生けるもの皆塵に帰るからね。


 現状わかっているだけでも、飛行ユニットによる超高速飛行、無空間からの物質創造、平行世界への観測・干渉・移動、分身、テレポーテーション、虐殺文法を用いた全生命体の狂化等々、何でもありだ。何でもできる。体内に宿っている攻撃特化の武器種だけでも100を超え、そのどれもが都市一つを焼け野原に変えるだけの力があるときた。


 転生した異世界に待っていた最悪の最終兵器。


 彼女は俺よりTUEEE!のである。


 でも、零号ちゃんは世界を壊さなかった。


 大オセアニア帝国の命令を無視した。


 理由はこの子が僕に惚れてくれたから。


 ハルのいるこの世界は壊したくないから、というやつである。


 で、紆余曲折を経て僕は彼女と付き合うことになった。


 僕が豪商から譲り受けたこの三階建てのおしゃれな一軒家で同棲生活だ。


 断るという選択肢はなかった。付き合わないと世界滅びそうだし。


〈ハル、明日はどこにも行かないでくれますか?〉


「うーん、明日も一応予定があるんだよね」


〈……女ですか?〉


 零号ちゃんの目が据わった。


「孤児院に行くんだよ。ほら、奴隷の子を前に買ったから、様子も見たいし」


〈女の奴隷……〉


 あ、零号ちゃん。明日あたりに奴隷の子を殺す気だ。


「悪い貴族に売られそうになってたから、つい助けちゃったんだよ」


 まあ奴隷の女の子を僕のハーレム要員に加えたかったっていうのも勿論あるけどさ。


 将来のハーレム生活を目指して僕は奴隷の子を何人も買っている。彼女たち用の孤児院も作った。院の管理は教会から派遣されたシスターさんに任せて、お金だけ毎月振り込んでいる形を取っているけど。


 本当は僕も直接管理して、毎日毎日、奴隷の女の子たちからチヤホヤされる生活を送りたいさ。


 この最終兵器彼女がいなければ、の話だけど。


〈わかりました。孤児院に行くことを許可します〉


「ありがと」


〈……浮気はしないでくださいね〉


 底冷えするような声。零号ちゃんの右腕が一瞬、幾何学模様の銃に変型したのは、気のせいだろうか?


〈したら、世界に火柱が立つので〉


 うん、異世界ハーレムは当分無理そう。


 僕の最終兵器彼女は、最終兵器的な活躍をしない時は、基本、引きこもり気質の女の子だ。家から出るのを極端に嫌がっている。


 同時に、彼女はとても心配性で、かつ嫉妬深い。僕が高難易度のダンジョンに挑戦しようとすると血相を変えて止めてくる。少し前、推奨レベル70のダンジョンに挑戦しようとしたところ、零号ちゃんが自宅の屋上から高出力ビームをそのダンジョンに飛ばして、根こそぎクレーター化させてしまった。


 その時の衝撃で震度7くらいの地震が発生したよ(幸い街の人に死傷者は出なかったけど)。

 

 それ以降、僕の挑戦するダンジョンレベルには制限が加わった。推奨レベル50以下。僕だったら片手でクリアできるレベルだ。せっかくのチート能力が宝の持ち腐れである。


 あ、そうだ。


「ごめんね、零号ちゃん。いい忘れてたんだけど、明日さ、孤児院に行った後、魔王討伐にも向かわないといけないんだよね」


〈ま、魔王討伐?〉


「東の魔王が復活しちゃったみたいでさ。王様から退治して世界を救ってくれって頼まれちゃってて。断るに断れないんだよ。ほら、僕勇者だから」


〈……魔王、レベル、いくつくらいですか?〉


「92くらい? まあ僕の方が高いから、なんとかなるでしょ」


〈…………〉


 零号ちゃんが黙った。

 

 黙ったまま、人差し指で部屋の一角を指さした。


〈331302724〉


 そして謎の数字を高速で口にする。


 瞬間、部屋の中に――黒いマントを羽織った鬼みたいな顔の男が現れた。


 身長はでかい。2メートルくらいはある。圧倒的な強オーラを放っている。


 これって、まさか……。


【――我は東の魔王】


〈むんっ〉

 

 零号ちゃんが何もない空間に正拳突きをした瞬間、口上を最後まで終わらせられずに、魔王さんは砂状のつぶつぶになって消滅した。


〈はい、魔王、処しました。しました〉


 なんでだよ。


〈これでもう、ハルは安心安全。ゼロはハルのセーフティ〉


 魔王といえども最終兵器の前ではゴミ同然だった。


 またやられてしまった。


 俺、また何かやっちゃいました?をやる前に零号ちゃんがやってくれてしまった。

 

「ていうか。零号ちゃん」


〈はい?〉


 魔王を処す時に、ちょっと気張っちゃったんだろう。


「翼、出ちゃってるよ」


 おならをしたら実が出たみたいな感じで、流線型のメタリックな飛行ユニットが彼女の背を突き破って飛び出しちゃっていた。


 服をまた新調しないと。


〈――――ッ!!!〉


 零号ちゃんは途端に顔を真赤にしてしまう。


〈み、見ないでください、見ないで! 駄目! 見るの、禁止! 禁止です!〉


 零号ちゃんは自身の『内側』を僕に見られるのを極端に嫌がる。


 とくに、飛行ユニットが一番駄目らしい。彼女曰く『造形美のかけらもないので』とのこと。


〈う、うわああああああああん!!〉


 恥ずかしさが頂点に達したのか、零号ちゃんは飛行ユニットを晒したまま部屋を駆け抜け、自室に飛び込んで、バタン! ドアを勢いよく閉めてしまったのだった。


 まあ、あのユニット、一回飛び出ちゃうと仕舞うのに時間かかるしなあ……。


 ◇◆◇


「零号ちゃん、晩ごはんできたよー」


 キーマカレーもどきが入ったお皿のトレーを持って、零号ちゃんの部屋のドアをノックする。あれから数時間、零号ちゃんはずっと部屋に閉じこもったままだ。


 ノックをしても反応が無いので、失礼だとは思いながらもドアノブを回して部屋に入った。


 中では、毛布をかぶってベッドの上でカタツムリ化している零号ちゃんがいた。


 僕はベッドの近くまでいくと、床にトレーを置いた。

 

 そして、キーマカレーもどきをスプーンでよそい、彼女の前に差し出す。

 

 すると――ぱくっ!


 毛布の向こうから一瞬だけ顔を出した零号ちゃんが、目にも留まらぬ早さで僕のスプーンに口をつけて、またすぐに毛布の内側に引っ込んだ。


 もう一度スプーンでよそい、同じ要領で差し出す。


 すると、また、ぱく。


 スプーンの上のカレーもどきを平らげてまた顔を引っ込めた。


 三度、四度と試していく。


 ぱく、ぱく、ぱく。


 モグラたたきのモグラに餌を与えているかのような気分である。

 

 まあ、正直、可愛いけど。


〈……ハルは〉


 布団の中から零号ちゃんの声が聞こえた。


 か細かった。


〈ゼロのこと、好きですか?〉


「どうしたのさ、突然」


〈だって、ゼロは人間じゃないので。最終兵器なので〉


 そこんところはぶっちゃけどうでも良かったりする。前世にいた頃は人外と恋愛するラノベとかいっぱい読んでたし。


 当初予定していた異世界俺TUEEE!ハーレムができないのは、若干もどかしくはあるけど。


 でも。


「好きだよ」


 彼女に対する気持ちは本物だし、今の発言も本心だった。


「嫌いなら一緒に住まないし、恋人でいる意味もないしね」


 たとえ彼女が最終兵器でも、自分の心までは偽れない。その存在が嫌いなら、世界が滅んだって好きになることはない。


 わりかしこっ恥ずかしい告白をした直後、零号ちゃんの毛布が宙を待った。


 毛布の中から現れた小さな女の子(最終兵器)は、僕にぎゅっと抱きついてくる。


 彼女なりにめちゃくちゃ手加減してくれてるんだろう。


 その腕にちょっとでも力を込めれば、僕は死んじゃうから。


〈ゼロも、好きです。ハルのこと、好き好きです〉


 計三回も好きって言われてしまった。


 悪い気はしなかった。


 悪くはなかった。


 この生活も。


 彼女のちょっと硬い身体に僕は腕を回す。


 ちょっと硬いけど、温かい身体を抱きしめる。


 暫くは、異世界俺TUEEE!ハーレムはお預けだな。

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