第4話 捜査開始
奈央を乗せた救急車が病院に向かい、生徒たちが午後の授業を受ける中、僕達は事件の真相を探るべく、捜査を開始した。
まず僕は、事件現場である、別館の空き教室を調べることにした。
別館は音楽室や化学室などが設備された特別棟となっている。つまり生徒が頻繁に出入りする場所ではない。
現場の広さは、一般の教室の半分ほどのスペースしかなく、物は、僕らが普段使っているのと同じの、机と椅子が一つずつだけだった。
机と椅子は窓の壁側に置いてあった。凶器に使われたかもしれないが、それらしい痕跡はなかった。
机にはホコリがかぶっていたが、一部分だけ、手のひらぐらいの円形の形をして、かぶっていなかった。つまり、ここには円形の形のした物が置いてあったってことだ。
机の中を見ると、たばことライターがあった。どうやら生徒がここで隠れて吸っているみたいだ。
最後に現場内に血痕や傷がないか調べたが、確信となる証拠は見つからなかった。警察が調べればなにかわかるかもしれないが、今更言っても仕方ない。
僕は自動販売機で缶コーヒーを二つ購入し、別館の屋上である男を待っていた。午後の最後の授業が始まるチャイムが鳴ると同時に現れた。
「待たせたな、陽斗」
「悪いな大地、無理なことお願いして」僕は缶コーヒーを渡す。
「なんてことねえよ。『一条がお昼時間』なにをしてたか調べるぐらい」大地はいつもの屈託のない笑顔で答えた。
「でも、お前まで学校の悪者に……イタっ!」
大地は僕のおでこにデコピンをくらわせた。おでこに激痛が走る。
「なにすんだよ?」
「俺はお前の頼まれごとに応えただけだ。馬鹿なこと言ってんな」
大地は真剣な顔で言う。こいつはどこまでも人が良すぎる。
「それに反省する必要なんてないだろ。今日でそれをひっくり返すんだからよ」
大地の話しでは、一条は普段、お昼は教室でクラスの友達とご飯を食うらしい。毎日弁当を持ってきているが、今日は弁当を忘れたため、食堂でパンを買ってくると言って、教室を離れたという…。
「じゃあ、食堂に向かってからのアリバイはないってことか」
「それが…」
「どうした?」
「あるんだ。一条が食堂に行ってた完全なアリバイが」
「どういうことだ?」
「お昼時間の食堂で、上級生の男二人が食堂で言い争いをしていたんだ。たまたまその席の近くの席にいたんだけど、内容がよくわからなくてよ」
「わからない?」
「後から調べて、その二人は音楽バンドを組んでるらしいんだけど、専門用語が多くてその場にいたときは全然わからなかったんだ」
たしかに僕も音楽は詳しくない。専門知識が混じっていたらわからないのも仕方がない。
「それで、一条のクラスメイトで野球部の奴に、さりげなく探りを入れてもらったんだが、一条はそのことを知っていた。しかも内容もしっかり答えてだ。つまり、一条は食堂にいたんだ」
「だれかに聞いたって可能性は?」
「それも考えたが、今学校中はお前の噂でもちきりだし、言い争いの内容まで知ってたとなると、その可能性はないだろう」
一条にはアリバイがあるだと? 現場には凶器もなければ真相のヒントになる証拠もなにも見つからなかった。次第に焦りが募り始める。
「一条が教室を出てから、戻ってくるまでかかった時間は約10分。一条の教室から事件現場まで歩いて3分はかかる。そのうえ、犯行を行って、食堂まで行ったとなると物理的に不可能だ。正直、一条が犯人だと断定するのはかなり厳しい状況だ……」
大地の言葉がだんだん重たくなる。たしかに客観的見れば、犯行は不可能。完全に事故と言わざるを得ない。
それでも僕は、奈央の言葉と自分の推理を信じる。
僕は缶コーヒーを飲み干し、立ち上がる。
「食堂に行こう」
「食堂? なんでだ?」
大地は怪訝そうに訊く。
「行けば、なにか気づくことがあるかもしれない」
お昼時間後の食堂は、生徒の姿はなく、パートのあばちゃんたちが片づけを行っていた。僕は購買売り場のおばちゃんに話しかけた。
「すいません」
「はい?」
おばちゃんは笑顔で答え、こちらに顔を向ける。
「少しお話しを伺いたいのですが、この男が今日パンを買いに来ませんでしたか?」一条が写った写真を見せる。
「…ごめんなさい、わからないわ。お昼時間は忙しくて生徒さんの顔まで覚えられないわね」
おばちゃんは申し訳なさそうに答える。
「そうですか……、では、お昼時間に生徒同士が口喧嘩をしていたそうですが、なにか気づいたことはありますか?」
「口喧嘩? そんなことあったかしら…」
頭の中が疑問でいっぱいになる。なぜ口喧嘩があったことすら知らないのか。
ではどうして一条は知っているんだ。
「井上さん!」
井上さんと呼ばれたその人は、布巾でテーブルを拭く作業を止め、おばちゃんの方に振り向く。
「なに?」
「今日生徒さん同士で口喧嘩があったらしいんだけど、知ってますか?」
「さあ…知らないね」
井上さんはそっけなく答え、すぐに仕事に戻った。
「ごめんなさいね、やっぱり知らないわ」
「いえ、ありがとうございました。お仕事中にすいませんでした」
おばちゃんにお礼を言い、会話は終わった。
「結局、手掛かりなしか……」
大地は見るからに落ち込んでいた。
「大地、言い争いをしてた席ってどこなんだ?」
「ああ、あそこだよ」
大地は指をさす。購買売り場は食堂に入ってすぐ右にあるのに対して、問題の席は入口から左奥の席とかなり離れている。
「そういうことか。どうやら一条は重大なミスをしてたようだ」
その言葉に大地は食い気味に訊いた。
「それほんとか!? 一体なにをミスしたんだ!?」
僕は大地に説明したところで、チャイムが鳴り響く。あとは帰りのホームルームが終われば、約束の放課後だ。
「大地、お前に重要なことを頼みたい。俺のこと、信じてくれるか?」
「当然だろ。親友なんだからよ」
「ありがとな」
大地に仕事を頼み、僕は再び事件現場に向かう。大地のためにも、そして奈央のためにも、あの男の口から犯人だと自供させるんだ。
カーストルーム ~君のためなら僕は全生徒を敵に回す~ 結城佑真 @yuki_oshima
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