第3話 決闘

 視線を教室のドアのほうに向けると、僕の目の前には知っている男、いや、全校生徒だれもが知っている男が立っていた。


 彼の名前は一条新いちじょうあらた。成績は常にトップで、サッカー部のエース。さらに、その爽やかで端正な顔立ちに、学年問わず、女子からの人気は圧倒的だった。だが僕は彼が好きではない。


 一条はしゃがみ、奈央の傷を見た。

「ひどい傷だ。早く救急車を呼ぼう」

「あと、警察にも連絡しないと」

 僕のその発言に、一条はぐるりと首をまわし、一瞬恐怖を感じさせるほどの冷たい目で僕を見つめた。

「なにを言っているんだ。これは事故なんだろ?」

「事故ではないんだ。この事件には第三者が関与している」

「どういうことだ?」

 僕は簡略的に一条に状況を説明した。この事件に第三者が関与していることは間違いない。僕は奈央の言葉が頭によぎった。まさか、一条が……、いやそれはさすがにありえないか。


「とにかく早く救急車と警察を呼ぼう」

 僕はスマホを取り出し、番号を打ち込もうとしたその時、一条に腕をつかまれた。

「なにするんだ、離せ」

「警察は必要ない」

「は?」

「これは事故だ。そんな大事にする必要はない」

「だから、事故じゃなくて…」

「言い切れるのか?絶対に事故ではないと」

 

 僕は反論しようとしたが、一条は饒舌にまくしたてた。

「たしかに、先ほど説明を聞いて、第三者が関与している可能性が高いことは理解できる。でも前のめりで倒れるという可能性もゼロではないんじゃないか?」

「たとえば、頭をぶつけたが、まだ意識はあり、なんとか助けを呼ぼうとしたが、力尽いてしまい、その結果、前のめりとなってしまった、とか」

「それに、学校内で事件を起こすなんて、リスクしかないじゃないか。常識的に考えて事故に決まっている」


「そうかもしれない…でも、信じてくれないか。僕はこれがただの事故とは考えられない」

「信じられないな。あんなを起こした奴の言葉なんて」

「…今それは関係ないだろ」


「大アリだよ、朝倉。君は入学当初、3にしたそうだな。たった一人で」

「そんな奴の言葉を信じられるわけないだろ。これが第三者の犯行というなら、一番疑わしい容疑者は君じゃないか」

「それでもこれは事故ではないと言い張るのか? ならば証拠を出してみろよ、どうせないだろうがな」


 長い一条劇場が終わり、僕は確信した。一条はこの事件のだ。 


 もちろん、一条に挑発されたからではない。一条は自分が犯人だと主張していたのだ。事故に見せかけた殺人未遂事件で、見破れて困るのは当然犯人だ。犯人ならば警察が関与することは絶対に避けたいはずだ。つまり


 だが、奈央が意識を取り戻し、真実が明らかになれば、一条が犯人だとすぐに判明する。だから一条は現場にわざわざ戻ってきたのだ。おそらく事故に見せかけた現場で、学校で信用のある自分がこれは事故だと言い張れば、奈央が真実を話しても、教師たちは頭を打って記憶が曖昧になっていると判断すると考えたのだろう。


 しかし、一条の言うとおり犯人だと決定づける証拠がない。動機もわからない。時間が必要だ。そのためには…

 

「さっきから聞いてると、お前は是が非でもこの事件を事故に済ましたいようだな」

「なにか調べられたらまずいことでもあるのか?」

「あるわけないだろ、この教室に入ったのも初めてなのに」

「そうか。でも彼女が一瞬意識を取り戻した時、お前の名前を口にしたんだ。どうしてだろうか?」

 一条は一瞬固まるが、しっかりと答えた。

「さあな、俺は彼女のことを知らない」

「だが、彼女はお前の名前を出した。もしかして?」

「おいおい、今度は俺が犯人扱いか?」一条は苛立ちを見せ始めた。

「じゃあ証明してみなよ。一条が犯人じゃないって」

「さっきの仕返しか」

「それに、ミステリーではよく言うじゃないか『犯人は現場に戻ってくる』って」

「…俺に喧嘩売るなんていい度胸だな」


 狭い教室の中で、ひやりとした緊張感が充満する。僕も一条も視線をずらすことなく、お互いの顔をにらみつけた。


 静寂の中、僕が先に口をひらいた。

「放課後までだ。放課後までに一条が犯人だっていう証拠を必ず突き止めてやる。逃れようのない決定的な証拠を」


「じゃあ、お前の間違いだった場合は、土下座して謝罪してもらう。せいぜいあがけよ、不良」


 奈央が救急車に運ばれたあと、僕は捜査を開始した。






 

 

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