テレポーテーション彼氏彼女

快亭木魚

テレポーティストの1日デート

今日の相手は手ごわいが、俺の努力ならハッピーな1日を作ることができるはず。


後楽園駅の改札出たところで女を待つ。待ち合わせの時間を10分過ぎたが、女はまだ現れない。地下鉄使って改札から出てくるはずだが、あの女のことだ。思いがけない方向から唐突に現れる可能性も高い。


どっちだ?右か?左か?


「待った?」


女の声は後ろから聞こえてきた。


「全然待っちゃいねえわ!」


振り向きざまにそう答えてやったんだが、何が気にくわねえのか、女に折りたたみ傘で腹をつっつかれる。思わず俺はのけぞるしかねえっていうね。


「ダメよ。私に会うのが楽しみ過ぎて30分前から待ってました!って正直に言わなきゃ。私は君の周囲を3回ほど往復したけど気付かなかったでしょ?」


この野郎!俺がウキウキと待ってるところ眺めてたのかよ!


「悪いな、俺はなかなか気付けねえのさ。特に、お前のような瞬間移動に慣れた人間の動きにはな」


「君も飛べるでしょ?今日の目標は私に追いつくこと。はい、専用のインカム貸してあげる」


女が頭につけてるインカムと同じタイプのものを放り投げてくる。俺が受け取って装着している間に、女はもう先に歩いてんだ。


「速く来て。人生は短いのよ」


「待てよ、お前は本当にマイペースだな」


後楽園駅から出ると視界にラクーアのジェットコースターや観覧車が見えてくる。


「いきなりジェットコースターは難しいだろうから、観覧車から行くよ。見える?空いてる観覧車にこっそり入るの」


「入場チケット買えよ」


はい、俺がそう言ってる隙にですね。


シュボ!


女は消えました。瞬間移動で飛ぶんだよ、華麗に。あとにはいつも小さな風だけが残る。


『はい、今観覧車の頂上付近の中にいます。見える?』


さっそくインカムで場所報告してくれるんだ、この女は。俺は走って女の場所を確認する。メリーゴーランドの横に来て、やっと遠くの観覧車の中にそれらしき人影を見つけた。あの女、よく一瞬であんな高いところまで飛べるよな。


俺は気合いを入れて精神を集中させる。


ドン!


はい、飛んだ!


次の瞬間に俺は観覧車の中でドタバタと転がっていた。まだうまく着地できねえんだ。


俺が息をきらして観覧車の中で天井を見上げてると、女が見下ろしてくる。


「お、やっと来たか。君は着地が下手だなあ。ほら、東京ドームがよく見えるよ。ちゃんと起きて東京の街を眺めなきゃ」


この野郎、余裕の顔しやがって。


「東京は大都会だね。ああ、都会の風景を観覧してたら、遠くに見えるスカイツリーに行きたくなったなあ。マナーとして観覧車の料金は席に置いておくから。私は先に行ってるから追いついてね」


シュボ!


はい、また消えました。おいおい速いだろ!観覧車にほとんど乗ってねえぞ!


『はい、もうスカイツリーの下の入場口に来たよ!ほら、速く飛んでこなきゃ。女の子待たせていいの?』


「インカムでさも当たり前かのように報告すんなや!俺は瞬間移動あんまり得意じゃねえって言ってるだろ!待ってろ、すぐ追いつくからな!」


これがデートと言えるのか?くそせわしない。


俺は観覧車入場料金を席に置いて、また精神を集中させる。


スカイツリー…。高い場所…。さあ、飛ぶぞ!


ドン!


バッシャーン!


あれ?なんだ、どこに飛んだんだ?水の中にいるぞ。ペンギンと目があった!しかも飼育員の人らしき姉さんがびっくりした顔してる!やべ、もう1回飛ばないと!


ドン!


ドンガラガッシャ!くそ、イテテ…。今度は水族館前のベンチに出たみたいだ。そうか、スカイツリーに行こうとしたが、体力と精神力を使っていてコントロールがにぶり、スカイツリーの足元にあるすみだ水族館のペンギンの水槽の中に飛んでしまったんだな。


『何やってるの?水の中に入ったような音が聞こえたけど?テレポーティスト用のインカムは耐水性だけれど、あんまりむやみに水の中に入って遊んじゃダメよ』


「遊んでるわけじゃねえって。コントロールがにぶってペンギンの水槽の中にダイブしちまったんだ。今は外に出てきた。ちなみにテレポーティストって何?」


『君、本当に飛ぶの下手ね。テレポーティストは、私のようなテレポーテーションのスペシャリストのことをいうの。あなたはまだ半人前のテレポーティストね。水につかったなら、風邪ひかないうちに着替えて速くスカイツリーの天望デッキまで上がってきて。夕焼けが綺麗に見えるのに。このままじゃ陽が落ちちゃうよ。女の子を長く待たせていいの?』


「分かったって。すぐ行くからもうちょっと待って忍耐力つけてろ」


こんなこともあろうかと着替えを用意していた俺自身の準備の良さに感心する。幸い鞄の中身は濡れてなかったよ。急いで着替えて、普通に入場ゲートから入ってエレベーターで展望台までのぼった。連続で瞬間移動する力はまだ俺にはねえからな。


スカイツリーの天望デッキに着くと、女がタピオカミルクティーを飲みながら優雅に待っていた。


「あ、やっと来た。タピオカがちょうどなくなるところ」


「ほんと、お前は瞬間移動が得意なんだな」


「ちゃんと入場料払ったよ。エレベーターよりも自分で飛ぶほうが速いから列に並ぶ前に飛んできたけど」


「いやすごいけどさ。そうやって調子にのってると、油断して危険な目にあうぞ。瞬間移動できるってのは、それだけで体力と精神力をかなり消耗してるはずだから」


「ええー。私は飛ぶの慣れてるし。間違ってペンギンの水槽にダイブするようなことはないし」


くそ、余裕ぶっこきやがって。女はミルクティーが入っていたカップをゴミ箱に入れる。そこでふと、女の様子がおかしくなった。歩くのがフラフラしてきたかと思うと、その場に倒れ込む。


シュボ!


そして消えた。あれ?どこ行ったんだ?今あいつ気を失ってなかったか?


「おい、応答しろ。どこに行った?大丈夫か?」


応答がない。俺は何となく嫌な予感がして天望デッキの窓から外を眺める。


なんてことだ!小さく落ちていく人影が見える!


俺は無我夢中で飛び出していた。


ドン!


天望デッキの外に飛び、そのまま落下する俺。眼下に見える人影は落ちていくスピードが速い!くそ、外は寒いな!落下の風圧で目を開けるのも大変だ!俺は女に追いつくため、もう1度精神を集中させて飛んだ。


ドン!


よし!落下する女にかなり近づいた!距離にしてあと3メートルほど。女は気を失ってるようだ。


「おい、応答しろ!今、落下してるぞ!このままじゃ地面に激突して死ぬ!その前にどこかへ瞬間移動しないと!」


俺は懸命に話しかけるが、女は反応しない。くそ、こんなスリルあり過ぎるスカイダイビングをする予定はなかったのに!


「おい、意識を取り戻せ!テレポーティストなんだろ?しっかりしろ!」


ダメだ、やっぱり気を失ってる。俺は空中でなんとか女の肩を抱きかかえた。どうする?このままでは俺も女も地面に落ちて死んじまう!


「俺は自分以外の人間と一緒に瞬間移動したことはまだない。でも、何とかやってみるから。たぶんしっかりつかまっていれば一緒に飛ぶことができるはずだから。死なせないからな」


俺は女の頭を守るようにしてぎゅっとつかみ、精神を集中させる。どこだ?この落下の勢いでどこに飛べば2人とも助かる?速く考えろ!地上まであと30メートルぐらいだぞ!


「ええい、イチかバチか!飛ぶぞ!」


ドン!

シュボ!


よし、飛んだ!


バッシャーン!俺はまた水の中にダイブしていた。どうやら池の中にいるようだ。水面まで泳いで顔を出す。


「おい、無事か?」


俺は心配で池の周辺をキョロキョロしながら女の姿を探す。


「不忍池っていうのは、いいアイデアだったわね。でも、もうちょっと華麗に飛んでほしいな」


背後から女の声が聞こえたので、振り向いた。おいおい、なんで優雅に折りたたみ傘をパラシュートにして不忍池のふちに降り立ってるんだよ。


「私みたいなテレポーティストだと、細かく飛んで落下スピードをコントロールすることもできるの。テレポーティスト用の折りたたみ傘はパラシュートにもなるのよ。可愛いでしょ?」


そう言って笑顔を見せるんだわ。おいおい、俺はかなりあせったんだぞ。


「私の気を失う演技はリアルだったでしょ?試したんだ。君が助けにきてくれるかな、って。落下しながら私をちゃんと守ろうとしてくれたのは嬉しかったよ」


おいおい、演技だったんかい!くそ、驚かせやがって!


「まったくひでえな。人を試すなんてさ」


俺が呆れ顔でそう言うと、女が池のほとりでしゃがんで手を差し伸べてくる。俺は池の中から這い上がる為に、女の手をつかんだ。今日のデートではじめて手をつないだ瞬間がこれだよ。


「ごめんね。でもすっごく嬉しかったんだ。瞬間移動できることは、周りには秘密にしてるからさ。今日は思いっきり飛ぶことができて、すっごく楽しかった。まさか、私のスピードについてこれる人がいるなんて思わなかったし。1日付き合ってくれて、本当にありがとう!」


そう言って女はとびっきりの笑顔を見せるんだよ。夕陽に照らされたその笑顔を見るとさ。もう何もかも許せてしまう気分になっちまうんだよ。上野の空気のせいか、不忍池に反射する夕陽のせいか、テレポーティスト同士っていう2人だけの秘密のシチュエーションのせいか、何だか知らねえけどさ。ああ、今日は来て良かったな、幸せだったな、って心から思えたんだ。


「今度は都内弾丸お花見巡りしようよ。この上野公園からはじめて、桜坂や新宿御苑や六義園に次々飛んでいくの」


「お、おう…」


「じゃ、今日はこれで。インカムは貸してあげるから次も持ってきてね。バイバイ!」


シュボ!


え、ここで瞬間移動してサヨナラしちゃう?俺はまだちゃんと池からあがりきれてないのに?


俺はバランスを崩して、再び池の中にバッシャーンとダイブしてしまった。池で浮かびながら空を眺めて思ったよね。


「テレポーティストは、ほんとマイペースだな!」


(終)

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