ハイヒール・モーニング
小早敷 彰良
ハイヒール・モーニング
「仲良ししようぜ?」
長身の筋肉質な男が、青年というより少年の顔付きに近い男に跨って言った。
ベッドの上だというのに、きっちり土足。しかもどこで誂えたのかハイヒール。上品な皮作りが、跨るためにシワがよっている。
少年の眉根が盛大に寄る。
股がられている少年、つまり、僕は、前世でどんな罪を犯せばこんな状況になるのか、朝から考える羽目になっていた。
とりあえず、かける言葉は一つだ。
「降りろ、月曜の朝から盛るな、バカ!」
言葉と共に、ベッドから蹴り落とすと、男は心底嬉しそうに転がり落ちた。
窓の外では、いつも通りの豊かな朝が広がっていた。草原は見渡す限り広がり、石レンガの道が丘の上まで伸びている。春先に植えた花は満開で、青の多重弁が溢れんばかりに咲き誇っている。
それなのに、牧歌的な光景に、この男だけが不協和音を奏でていた。
男は床に寝転んで、楽しそうに僕を観察していた。
この男は僕の幼馴染である、サブジーナス=ロジーという。
いや、幼馴染だった、というべきか。
幼馴染を止めれるものかと疑問に思われるのもその通りだ。
昔から知っていれば自動的に幼馴染と呼称される。
だから止められるものではない、と。
しかし、だからこそ、この男が幼馴染だった、と僕は誰にでも言っている。
「なぁ、良いだろう。学校にはまだ時間がある。ヤろうぜ?」
「黙れ」
「あだっ」
喋る公害を、軽く足蹴にして、キッチンに立つ。
「卵はスクランブルエッグだよな?」
「いや、目玉焼きが良いな。」
「調味料はソースか?」
「塩、だ。」
ああ、やはり、違う。
僕は卵を少し割り損ねてしまった。
そもそも、僕の知っているサブジーナスは、こんなことを口走る男では決してなかった。
村の夏祭りに女の子を誘えなかったと一緒に嘆き、馬鹿騒ぎをする。
もちろん告白もされていないし、こんな露骨で下品な性格ではない、普通の男友達だった。
それが変わったのは、彼に魔法の適性があると、定期検診のとき解り、魔法学校に通い始めてからだ。
「こんな量しか食べないなんて、お前らしくない。」
「そうだったか?」
彼は切り分けた量に反して、大きな口を開けて頬張った。
幼少期から変わらない彼の癖があることに、僕は少しホッとしてしまう。
秘密主義の魔法学校とはいえ、今時は自宅から通う生徒ばかり。
おかげで、朝一緒に家を出て、目的地に必ず到着出来る、魔法扉の場所で別れる、という毎朝は変わっていない。
だというのに、サブジーナスは変わった。
俺に夜這い朝這いをかけ、食べ物の趣味は変わり、服の趣味まで変わった。ハイヒールなんて、最初見たときはまさかと思った。
そして今、彼は全裸だ。
「服着ろよ。さっきまで着てただろ!」
「なーんか脱ぎたくなる瞬間ってあるだろ?」
彼は変わった。
黒ばかりの服を思い切り彼に投げつけ、着るまで食卓に戻ることを許さない、と告げる。
何故か嬉しそうなのも不可解だ。
考えられるのは、魔法学校で何かがあったのだろう、ということだ。
確かに、魔法学校というのは良くない噂ばかり聞こえてくる。
人を操る魔法も、呪いも、多く習うそうだ。
そもそも、魔法という得体の知れないものに一人で触れて、正気でいられると考えるのが間違いだ。
「それは勘違いだって、何度も言っているだろう? 闇魔法は今時使わない。受講してないし。神学をベースとした元素魔法は俺には馴染まなかった。精密動作系、物理法則系魔法が、お前の次に、好きだな。」
上裸の彼が食卓につこうとするので、思わず背中に張り手してしまった。
ともかく、こんなに幼馴染を歪められて、黙っていられるはずがない。
「いったー。本当に殴った。愛情表現が過激だぜ。」
嬉しそうな彼は、僕に言う。
「それで、本当に良いのか? 辞めるってのは出来ない世界だぜ?」
「大丈夫だ。」
サブジーナスが食卓につくまでに、僕も支度を終えていた。
即ち、お揃いの魔法学校の制服に身を包んでいた。
魔法の素質があったのはサブジーナスだけではない。
僕にもあった。しかし、天才と言われる彼とは違い、大成するには血が滲むほどの努力が必要だ、と言われる程度しかなかった。
戦時中ならまだしも、今は魔法使いが特別必要でない時代だ。
だから、一度は断った進学先だ。
僕はこの小さな家で、サブジーナスとたまに遊びながら暮らせれば満足なのだから。
だからこそ、サブジーナスがこんなに歪められるというのは、我慢が出来ない。
大好きな元の幼馴染が、自分の幸せには不可欠なのだ。
「これからは学校でも一緒だ。困ったら何でも言えよ。」
サブジーナスの向こうの仮想敵に向けて、睨みを効かせる。
「お前、いきなりそんなかっこいい顔でかっこいいこと言うなよ。もっと好きになったじゃないか。」
俺の知っているサブジーナスは、そんなこと言わない。
思わず本気で睨むと、彼は歓喜の声を上げた。
※ ※ ※
必ず、僕はお前を、お前が苦しませられている何かから、救い出してみせる。
そして、元のお前に戻してみせる。
僕は強い決意を抱き、肩を抱いてくるサブジーナスの手を振り払って、魔法扉をくぐった。
※ ※ ※
おかしい。こんなはずでは。
一ヶ月後。
講義を終えた僕は、帰路の端でしゃがみこんでいた。
「だから言ったろ? 普通だって。辛い目に合ってないって。」
普通だって?と反論する気力すらもうない。
なんだ、空飛ぶ王宮を作る為に必要な元素数と、魔法の最小文字数を答え、実現させよ。掃除込みで、って。
なんだ、神と魔法の原点を瞑想によって見出し、論文にまとめなさい。既存宗教はコピペと見なして受け付けません、って。
どこが普通の授業だ。
どこが怪しい、呪いの授業だ。
呪いなんて、問題を解く無数の方程式の一つに過ぎなかった。
たった一つの方程式に影響を受ける人間なんて、いない。
おまけに、学友は全て良い人ばかりだ。
そもそも、勉強に忙しすぎて、人を操る時間がない。
「これで、俺の話、聞いてくれるよな?」
「うん。お前、外的要因による錯乱状態じゃなかったんだな。」
「ああそうだ。」
「なら、なんでまた、あんな突飛なことばかりし始めたんだよ。」
だって当たり前だろ、と彼は告げる。
「あんな滅茶苦茶を毎日見ているとさ、俺もいつ死ぬかわからねぇし、素直に生きようと思うわけだよ。」
で、ちなみにさ、と彼は続ける。
「勘違いでも、俺を助ける為に、将来の進路まで決めてくれたんだよな?」
「ああ。」力無い声が漏れる。
「そうか、なら脈ありって判断して良いよな!」
「あ……?」
そういうことになる、のか?
いやでも僕の感情は友情と正義感であって。
確かに、彼がいてくれると嬉しいが、それだけで十分幸せだと思うが、でも。
そんな、まさか。
「いやぁ、嬉しいぜ。諦めていたからな。ずっと好きだったんだぜ。」
はっはっはー!とサブジーナスは心から笑う。
「これからもずっと一緒だぜ、愛しい人! 本気でオトシにかかるからな!」
勘弁してくれ、元のお前に戻ってくれ。僕は叫んだ。
魔法があれば、いや、なければ良かったのに!
ハイヒール・モーニング 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa
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