スリル

温媹マユ

スリル

「なんでわたくしたち、エレベーターに閉じ込められてるの?」

「俺だって知らないよ。なんでスマホも繋がらないんだよ」


 ここは上昇学園高等部。幼稚園から大学までが一つの超巨大ビルに収まっている。最上階には理事長室。その下には各校長室がある。そして、上から大学、高校、中学、小学、一番下は幼児園となっている。

高校はこのビルの四十階から五十階まで。今彼らは四十階の教室階から五十階の生徒会室まで向かうためエレベーターに乗っていたのだ。


「会長、確かに五十階のボタンは押されたのですね? ではなぜ今百階にいるのですか? わたくしには理解できません」

「ちゃんと押したさ。俺だって知るか!」

 二人が乗ったエレベータは目的会の五十階に止まらず、最上階である百階で止まった。

 でもただ止まっただけで、扉が開かない。

 非常時に通じる通話ボタンを押してもうんともすんとも言わない。

 追い打ちをかけるように、スマホが通じない。

 こんな状態は初めてだと二人は思った。


「今騒いでも仕方ありませんわ。助けが来るまで待ちましょう」

 生徒会副会長である早乙女は静かにその場の座った。

「確かにそうだな」

 生徒会会長の織田も早乙女の横に座った。


 誰か気付いているのだろうか。

 どうして気付いてくれないの。

 二人は無言のまま、助けを待った。

 一時間、二時間。

 全く音沙汰がない。

 助けに来てくれると信じるも、初めての状況に焦りを感じる。


「ねえ会長。わたくしたちどうなるんでしょう」

「さすがに誰かこの状況に気付いているだろう。もう少しの辛抱だ」

(さすが会長ですね、こんな状況にも焦っていませんね)

(どうしよう、どうしよう、このまま誰も助けに来てくれなければ脱水症状を起こして干物になってしまう)


 エレベータの回数表示は百階を示したまま全く変わらない。

 織田がたまに非常通話ボタンを押すが、やはり状況は変わらない。


「そういえば」

 早乙女は鞄の中から小さな箱を取り出す。

「どうぞ、甘いものでも食べて落ち着きましょう」

 箱の中はチョコレート。早乙女は箱ごと織田に差し出す。

「いただこう」

(ん、チョコレート?)

 織田の頭が勢いよく回転する。

(チョコレートと言えば、バレンタインデー。バレンタインデーと言えば告白。いま告白と言えば……俺? もしかして副会長は)

「あら会長、顔が真っ赤ですよ。ふふふ、かわいらしい」

「な、何を。ただ暑いだけだ」


「そういえば」

 織田は鞄の中から一枚の写真を撮りだした。

「母親の会社で栽培している胡蝶蘭だ。美しいだろ。チョコレートのお礼に今度プレゼントしよう」

 織田は胡蝶蘭の写真を早乙女に渡す。

「立派な胡蝶蘭ね。どうしても、とおっしゃるならいただきましょう」

(胡蝶蘭ですって?)

 早乙女の頭が勢いよく回転する。

(胡蝶蘭と言えば花。花と言えば花言葉。胡蝶蘭の花言葉と言えば『あなたを愛します』……『あなた』とはわたくし? もしかして会長は)

「どうした副会長、顔が赤いぞ。トマトみたいだな」

「そんなことありませんわ。ただ暑いだけですよ」


「でもやっぱり、暑くなってきましたわね」

 早乙女は着ていた上着を脱いで、パタパタと手のひらで扇ぐ。

「確かに熱くなってきたな」

 織田も上着を脱ぐ。

 今度は早乙女が足を伸ばし、スカートをひらひらとさせる。

(な、なんてことを!)

「あら会長、また顔が真っ赤ですよ。ふふふ、かわいらしい」

「な、何を。ただ暑いだけだ」


 顔に血が上って暑いのか、織田はシャツのボタンをいくつか外す。

(な、なんでボタンを外すのよ。む、胸が見えるじゃないですか)

「どうした副会長、顔が赤いぞ。赤ピーマンみたいだな」

「い、いえ、わたくしもただ暑いだけですわ」


(そういえば、なんだか息苦しくなってきました。心臓もドキドキとしてきました。どういうことでしょう)

(暑いし息苦しいし、心拍数が上がってる。なんだこの状況)

「会長、なんだか息苦しくなってきました」

 早乙女は織田の方を向く。

(あ、目に汗が)

「俺もちょっと息苦しいが……どうした副会長!」

(なんで急に目を閉じる? このシチュエーションはもしかして)


 そのとき、ガタン、と大きな音を立て、エレベータがゆっくりと下降し始めた。

「あ、動き出しましたわね」

 早乙女は目をこすりながら、近くの手すりにつかまり立ち上がった。

「これで助かる」

 織田も早乙女の横に立ち、手すりにつかまる。

(なんだか悔しい……)


 百、九十九、九十八……

 だんだんと速度が速くなる。九十……八十・・…

「なんだか早くなってきましたわ」

「もしかして落ちてる?」


 この状況を急降下という。

 急降下すると、無重力空間にいるような状況になる。

「あっ」

 早乙女はつかんでいた手すりから手がなれてしまう。

 刹那、織田が手を伸ばし早乙女の手をつかむ。

 織田が浮かぶ早乙女を引っ張っているような状況。


「離すなよ」

「はい、絶対に離しません」

(なんて細い折れそうな手をしているんだ。)

(会長の手って、こんなに大きかった?)

「ずっと離すなよ」

「えっ」

(それってもしかしてプロポーズ?)

「はい、ずっと離しません」


 六十……五十……四十……三十……二十……


 エレベーターの回数表示が十階を示した当たりから急に速度が遅くなった。

 重力が回復し、早乙女が落ちてくる。

 もちろんそれを織田が両手で受け止める。

 いわゆるお姫様抱っこ。

(もう言葉になりませんわ)

(どうした俺、もしかして格好いい?)


 そして、階数表示か一階を示した。


「助かったかな」

「多分助かったでしょう」


 エレベータはもう停止している。


「会長、私でいいのですか?」

「副会長こそ、俺でいいのか?」


 そのままの格好で二人は見つめ合う。


 そのとき、扉が開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スリル 温媹マユ @nurumayu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ