幼馴染がとられそうなのにそれもいいかもって思うのはおかしいですか?

砂塔ろうか

ホワイトデー騒動

 半年前、夏休み明けすぐのことだ。二人だけの部室の中で、

「幼馴染がとられそうなのにそれもいいかもって思うのってヘンかな?」

 部長は、わけのわからないことを言ってきた。

「……何が言いたいんです、部長」

 部長がおかしなことを言い出すのは毎度のことで、僕ももう慣れてきたつもりになっていたが、どうやら気のせいだったらしい。

「やっぱりヘンだよね……」

「勝手に自己完結しないでください部長。話なら聞きます」

「じゃあ……」

 深刻そうな顔になって、部長は話を始めた。


 ……部長の話は要領をえないものだった。ので要点をまとめて確認する。

「つまり、部長は、幼馴染の奈緒なお先輩が好き、と」

「うん」

「でも告白できずにいて、そのまま何もできずに夏休みが終わると、転校生の七海ななみさんが現れた。七海さんはすぐに奈緒先輩と親しくなった。

 しかも七海さんは奈緒先輩と『お似合い』だと周囲でうわさされていて、部長は危機感を抱いた」

「その通り!」

「しかし部長は、奈緒先輩と仲良くする七海さんの様子を見ているうちに、自分でも『お似合い』だと感じるようになた」

「それ」

「でも、七海さんに奈緒先輩を取られたくはない」

「イグザクトリィ」

「一方で、カップルになった二人を見てみたいとも感じる」

「ザッツィット」

「部長、あいづちがウザいです」

「……」

「ともかく、そんな葛藤が一週間くらい続いて、僕に相談したと」

「……ま、そゆこと」

 部長は髪をかきあげた。

「それで、どう思う? やっぱりヘンかな?」

 この質問には意味がない。

 おかしい、普通じゃない。そんな理由で感情を手放せるのなら、とっくに自分でそうしているだろう。しかしそうなっていないということは、きっと部長はそうしたくないのだ。きっと、まだ迷っていたいのだろう。

「……ヘンかどうかはさて置き、いいんじゃないですか」

「へ?」

「部長自らが納得できる答えを出せるまで、葛藤し続けていればきっと、いい解決法が見つかるはずです」

 ――しかし、この時は思ってもみなかった。まさか、それから長いこと、部長が悩み続けることになるなんて。



 今日はホワイトデー。私、三塚みつかいちかは奈緒からお菓子を貰うために、部長権限で部員全員に招集をかけた。司くんには、

「部長。なんでわざわざ全員呼び出すんですか」

 なんて文句も言われたが、あとで板チョコをプレゼントする、と言ったらすぐに受け入れてくれた。そんなにちょろくて大丈夫なのか。

 集合場所は、いつもの部室。

 部室に来たのは、最初が私で、次がつかさくん。そして三番目と四番目は同時に来た。

直橋ただはし先輩、今日が何の日か知らないって、それはちょっとヤバいですよ? ほんとに知らないんですか?」

「いやだから、円周率の日でしょ? ツイッ○ーで見たから流石に知ってるよ」

 ……昨年九月に転校してきた後輩、七海ななみあやとちょっと抜けたところが愛らしい我が幼馴染、直橋ただはし奈緒なおだ。

 畜生、カップルみてぇな会話しやがって……! いいぞ、もっとやれ。

「部長、部長」

「……なに? いま、あやなお成分の摂取に忙しいんだけど」

「いや部長。このままじゃバレンタインのお返し、奈緒先輩に貰えないですよ。どうするんですか」

「…………」

 ――しまったっ!

「あれ? 今朝、しっかりと『今日はホワイトデーだからバレンタインにチョコを貰っていたらちゃんとお返しするように』って連絡いれたのに!!」

「送り先をミスったんじゃないですかね……。とりあえず僕、それとなく奈緒先輩に……あ、大丈夫ぽいですよ」

 司くんの指差す方を見ると、文ちゃんが奈緒の手をとって部室から出て行こうとしていた。そのまま、文ちゃんがこっちを向いて、言う。

「先輩達も行きます? コンビニ。奈緒先輩、冗談抜きに今日の準備を何もしてこなかったっぽいんで、これからコンビニに連れて行こうかと思うんですけど」

「――いく!」

 即答だった。

 私の見えないところで奈緒が落とされでもしたら、という危機感と、私の見えないところで奈緒と文ちゃんの間においしいイベントが起きたら、私は後悔することになるという確かな予感。

 それらに背中を押されて、私は二人と一緒にコンビニに行くことにしたのだ。



 今日はホワイトデー。当然、そんなことは知っていた。今朝のツイッ○ーのトレンド一位は「ホワイトデー」だったし、そもそも、俺はこの日のために色々と準備をしてきたのだ。

 ――今日こそ、いちかに告白するために。


 コンビニの棚に並んだお菓子をながめていると、文ちゃんが来た。

「決まりましたか、先輩」

「……ホワイトデーのお返しは三倍返しって言うでしょ? でも」

「でも?」

「手作りクッキーの三倍って何に相当するのか分からなくて……!」

「青春ですねー」

「文ちゃんはどう思う?」

「いちか先輩なら、そんなこと気にしないと思います」

 そうかもしれないけど……。

「てか、今朝先輩、準備はしていたって言ってたじゃないですか。なに用意してたんですか?」

「ああ、うん。やっぱり手作りには手作りで応えるべきだと思ってさ、生チョコケーキをワンホール分」

「それはない」

 文ちゃんは真顔だった。

「そう……?」

「だって、ホールケーキですよ? 普通、困るでしょう」

「俺の妹は昨日の夜、冷蔵庫にしまっといたのを一晩で平らげたみたいだけど?」

「それは先輩の妹さんが特殊なんです。……それより、はやく決めた方がいいですよ?」

「う、うん。分かった」

 文ちゃんに急かされるようにして、俺はお菓子を一つ、手に取った。通年販売の普通のチョコ菓子だ。それと一緒にメモ帳をとって、俺はレジに並ぶ。

「それ、何かに使うんですか?」

「ま、ちょっとね」

 僕が言うと、文ちゃんは察しがついたのだろう、にやりと笑った。


 部活終わりの帰り道。空を眺めながら、俺はいちかと歩いていた。家が近所ということもあり、部活帰りはよく一緒になる。

「……ごめん。今日がホワイトデーだって忘れてて」

 新しい贈り物を自然に買いにいけるようにと、文ちゃんに用意してもらったウソを枕に、俺はコンビニで買ったお菓子を渡す。

「いいよ別に、いいもの見れたし」

 にっこりと笑みを浮かべつつ、いちかは受け取ってくれた。

 それから、パッケージの裏面に貼り付けたメモに気づいて、俺の顔を見る。

「……今日の埋め合わせがしたくてさ。そのメモに書かれた場所に、書かれた日時に、来てほしい」

 見てもいいか、と目で問うてきたので、首肯。

 そのメモを見て、いちかは驚いた顔をする。

「これ、奈緒の家の……!」

「うん。一週間後、俺の家に来てほしい」

 いちかはそのメモに釘付けになったまま、こくん、とうなずいた。



悠木ゆうき、悠木司! 急いで!」

「七海さん、そんな急がなくたっていいでしょう……」

「んなこと言って、突然コンビニに入って『極薄』とか書かれた小箱入りのビニール袋持って、二人仲良く恥ずかしそーな顔で出てきたらどーする!?」

「その時は七海さんが邪魔しに行けばいいじゃないですか」

「はぁ? そんなんじゃヤル気を削ぐのは無理に決まってるでしょ! 先輩を萎えさすのに男子は必要! オーケィ?」

「ハイなとこ申し訳ないんですが、先輩がもし、男でもイケるクチだった時は?」

 わたしは、悠木くんの手を握って笑いかけた。

「……巻き添えですか?」

「先輩が悠木くん堪能してる間にわたしはいちか先輩を堪能するよ」

「さっきから最低ですよ、七海さん」

「でもさぁ……」

 でも、先輩がいちか先輩を自宅に招いたんだ、冷静でいられるはずがない。


 あの日、わたしはこっそりと先輩が買ったばかりのメモ帳に書いたことを写真に残していた。それから、書かれた住所が先輩の自宅のだとわかったので、こうして朝から危機感MAXでずっと、先輩を尾行しているのだ。

 悠木くんは都合の良い奴なので呼んだ。


 朝、先輩の家にいちか先輩が来ると、先輩はそのままいちか先輩とショッピングモールへ出かけて行った。やってることはウィンドウショッピングだったが、傍目にはただのデートにしか見えず、そのたびにわたしは下唇を噛んだ。

 だって、誤送信とはいえ、私にホワイトデーのお返しを催促したいちか先輩が取られるなんて、我慢できない。


 そして今はその帰り道。方向から考えて、奈緒先輩の家に向かっていることは明白。今のところ、アレを買った様子はないが、油断はできない。

「――っは、入った! いちか先輩が、わたしのいちか先輩が先輩の家にっ!」

「でも、流石に大丈夫じゃないですかね? 少なくとも、妹さんがいるんだし」

「先輩の部屋が完全防音だったら?」

「その場合、僕らが突入するタイミングも分かりませんね」

「ぐっ」

 そうこうしているうちに、時間ばかりが過ぎていった。まずい、このままじゃいちか先輩のはじめてが……そんな時だった。

「あれ? 部長からだ」

「えっ!? ……てあれ、私のところにも……」

 それは、部員全員に向けたメッセージだった。

『【至急】直橋ただはし奈緒なお宅に集合』

「どういうこと……?」


 しばらくして、わたし達は別々に先輩の家に入り、招集の理由を察した。

「……先輩。なんでまた作ったんですか、生チョコホールケーキ」

「ごめんなさい……。なんか、妹はダイエット中だって、食べてくれなくて……」

 違う、違うだろう。

 いちか先輩が言う。

「奈緒、そういう話じゃなくてさぁ……なんで私一人へのプレゼントに、ホールケーキを三つも作ったの?」

「温泉旅行中は、冷蔵庫自由に使っていいって言われて、つい……」

 帰り支度をしながら、悠木くんが言った。

「味は悪くないんですけど、僕、もう帰っていいですかね」

「やめて。親にバレたらなんて言われるか……たすけて」

 先輩は、口にケーキを詰め込みながら、ひたすら懇願していた。


 ――結局、その日は部員全員で先輩の家に泊まりこんで、休み休み食べながらなんとか、翌朝には全てのケーキを完食し終えることができた。それ以来、我が部では毎日の筋トレがノルマとなり、奈緒先輩にはケーキ作り禁止令が下された。(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染がとられそうなのにそれもいいかもって思うのはおかしいですか? 砂塔ろうか @musmusbi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ