ホウカゴ

 私は、つい一昨日幼馴染の女の子に告白され、昨日からお付き合いをする事になった。昨日は予定が合わず、一緒に帰る等の俗に言う恋人らしい事ができなかったが、今日こそはと意気込み、教室へと入る。幸はまだ来ていないようだ。代わりに親友は来ているようなので、挨拶を交わす。

「おはようエリカ 」

「おぉ、彼女持ちになったはいいけど一緒に帰れなくて内心凹んでる美来。おはよう 」

「バカにしてるのか 」

 頭頂部に軽くチョップを入れ、自分の席に着く。いつもなら、ここからエリカのマシンガントークが始まりSHRまで付き合わされるのだが、今日はスマホを取り出し、自分の席で操作しているだけだった。不思議に思いつつ、たまにはこんな日もあっていいだろうと私もスマホをいじる。昨日交換したメッセージアプリの連絡先を見て、若干頬が緩む。しばらく連絡先を見つめていると、横から視線を感じた。そこに目をやると、さっきまでスマホをいじっていたエリカが慌てたように目線をスマホに戻すのが見えた。いったい、何をしているのだろうか。一応、訊いてみようかな。明らかに挙動不審だし。

「おはよう、美来ちゃん 」

 エリカに声をかけようとしたら、タイミング良く幸が登校し、挨拶をしてきてくれた。挨拶を返すと、SHR開始のチャイムとともに担任が教室にやってきた。どうやら、幸の登校時間はかなりギリギリだったらしい。

 直ぐにSHRは始まり、連絡事項を述べた後に1時間目が開始された。結局、エリカの挙動に関しては訊ねる事が出来なかった。

 まぁ、授業の隙間休みにでもに訊けばいいか。

 そんなことを考えていると、いつの間にか1時間目が終わってしまった。入学2日目の、それも初めての授業だというのに普通に授業が進んでしまうのだから高校生って辛い。

 そんな事より、今はエリカだ。体ごと横に向けて、私の事をチラチラ見ているであろうエリカに今日の挙動について問おう。

「あれ? 」

 しかし、そこにエリカはいなかった。どこかに行ったのだろうか。

 授業間の休憩は10分もあるし、2時間目の用意でもしながら待とう。次の授業はなんだったかを確認し、教科書を取り出して席に着く。結局、予鈴がなるまでエリカは教室に戻って来ることはなかった。

 2時間目が終わり、今度こそと思いエリカに話しかけようとする。

「未来ちゃん 」

 しかし、幸の声によって遮られてしまった。

「今度の土曜日、遊びに行けないかしら 」

 どうやら、週末の予定の確認をしに来たらしい。私と幸は付き合っているのだから、遊びに行くというのは当然だ。

「もちろんだよ。今日の放課後にでも、どこに行くか決めようか 」

 そう返すと、幸は満足そうに鼻歌を歌いながら笑顔で自分の席に戻って行った。それとほぼ同時に、3時間目開始の予鈴が鳴った。

「え、もう10分経ってたの!? 」

 また、エリカに訊ねることは出来なかった。それから、休み時間の度にエリカは席を外し、気がついたらもう放課後。幸が私の席まで迎えに来てくれるのを横目に、私はエリカの方を見る。エリカはカバンに課題を詰めると、さっさと教室を出ていってしまった。

「どうしたの? 」

 不思議そうな顔で幸は私に訊ねる。なんでもないと謝り、妙な高揚感と変な不安感を抱えながら幸と一緒に教室を後にした。

 幸の家は、昔のように私の家の隣と言う訳ではなく、少し離れたところに建っている。だが途中までは一緒なので帰り道雑談しながら帰ることが出来るのだ。

「デート、どこへ行こうかしら 」

 服を買いに行くのはどうかしらと幸は続ける。幸はスタイルもいいし、選びがいもある。少し離れたショッピングセンターに行こうと言うと、幸はとても喜んだ。昔は、私たちとお母さん達の4人でよく行ったものだ。ふと、最近エリカと買い物に行っていなかった事を思い出す。あの子は友達が私しかいないから、きっと誘ったら泣いて喜ぶんだろうな。

「ちょっと、美来ちゃん? 」

「あ、なに? 」

「なにって、私の家ここだから 」

「あ、うん。また明日ね 」

 手を振り、見送ろうとする。すると何故か幸は納得がいかないような顔をする。そして段々と近づいてきて……

「えっ……!? 」

 頬にキスされた。突然の事で驚き、つい引き下がってしまう。

「せっかく一緒に帰っているのだから、もっと楽しんで欲しいわ 」

 少し寂しそうな顔で呟く幸を見てはっとした。気づいた時にはもう幸は踵を返し玄関をくぐってしまっていた。

 最低だ。私は、この短期間に何度この言葉を自分に対して使っただろうか。

 初めての恋人からのキスの感触は、思考と自己嫌悪の渦に飲まれて消えてしまった。






 美来ちゃんとのデートが決まった。決まったのはいい。だけど、帰り道の間ずっと美来ちゃんは上の空だった。もう少しくらい楽しそうに私と話してくれてもいいのに。そんなに私とのデートが嫌なのかしら。

 ……いけない。このままだと、物事を全てネガティブに考えてしまう。ちらりと、昨日から倒したままの写真立てに目をやる。手に取ってしまいそうな衝動を制し、ベッドに身を投げ出した。

 放り投げたバッグの中から長いバイブ音だけが鳴り響いている。

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レンアイゴッコ ソア @yukimurasoar

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