心の中で生きているってこういうこと?
ちびまるフォイ
誰よりも自分を好いてくれるやつへ
「あいつは死んじゃいない!!」
「何言ってるんだ。あのとき、脱出ポットの中で死んじまったじゃないか」
「あいつは今も生きている。俺の心の中でずっと生きている!」
そう言ったとき、主人公の顔つきがガラリと変わった。
「へへへ、やっぱり久しぶりのシャバの空気は最高だぜ。
こいつは意思が弱いから乗っ取るのも楽なもんだ」
主人公はそれから人が変わったように悪事をやらかした。
次に目を覚ましたときにはすでに捕まった後だった。
「ちょっと、どういうことですか!
俺がいったい何をしたっていうんですか?!」
「あれだけのことをしておいて覚えてないとシラをきるつもりか」
「本当に覚えてないんですって!」
「なら、冒頭の地の文を読むといい」
主人公は自分の身に起きたことを把握した。
「まさか、俺は乗っ取られていたのか……!?」
「きっと強すぎる記憶がやがて別人格を作り出してうんぬん……」
「そんな! そりゃ心の中で生きているとはいいましたけど
だからといって心から身体を乗っ取られるなんて!」
などと言っていると、また主人公の顔つきが変わった。
「……ってのは冗談で、今は最高の気分だ」
乗っ取られた主人公は鉄格子をねじ開けるとそのまま脱走した。
主人公の身体を乗っ取った"あいつ"は
トイレの便座の蓋を開けっ放しにしたり、庭のハトに餌付けしたり
エアコンをつけっぱなしにしたりなどの悪逆非道の数々を繰り返した。
「……はっ、ここは!?」
次に主人公が目を覚ましたのは大量の宅配ピザの空き箱が転がる汚部屋だった。
「あ、あいつ……俺の身体を乗っ取って好き勝手しやがって……」
乗っ取られている間の記憶はもちろん残っていないが、
文章をさかのぼることで主人公は事態を把握した。
「ぽっぽー」
「ああもう! ハトに餌付けなんかするから、庭に住み着いちゃったじゃないか!!」
主人公の部屋には小汚い文字で書き置きが残されていた。
『お前の人生、やっぱサイコーだわ』
この小説がカクヨムに投稿されるや、
事情を読んだ仲間たちはことさらに死に急ぐようになった。
「せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜ!!」
「おいやめろ! そんなことしたら……」
「ぐああああ! て、鉄球がーーー!!」
落ちてきた鉄球からとっさに主人公を守った。
「悪い……こんなところで死んじまうなんて……」
「どうして俺なんかをかばって……?」
「なぁ、俺、お前の心の中に残ってるかな? ちゃんと印象深い?
俺のこと大事にしてくれてる? ねぇ? ちゃんと心の中で生きてるよね?」
「怖いよ!」
死んでしまったとたんにまた主人公の顔つきが変わった。
「やったー!! 乗っ取り大成功!!
前からこいつの顔と身体を使いたかったんだ!!」
次に主人公が目をさますのは2日後だった。
「この戦いが終わったら結婚……うあああーーー!」
「こんなところで寝られるか! ちょっと田んぼの様子を見てくるぜ!」
「そうか、犯人の目的がついにわかったぞ! 早くコレを伝えないと!」
「ここは俺に任せて先にいけ! なあに、すぐ追いつくさ」
目を覚ますや待ってましたと仲間たちは激しい戦場へと自らを投じていく。
そして儚い命を散らせては見せつけるように死んでいった。
「主人公……ちゃんと覚えてるよね。心の中で生きてるよね……」
「お前もう乗っ取る前提で死んでるだろ!!」
「がくっ……」
「ポッと出のヒロインーー!!」
と、涙を流した主人公だったが数秒後には冷たい顔に戻る。
「ふぅ、さて、やっとこっちの体になれた。
前の身体じゃどうにも不都合が多すぎるのよね」
次に主人公が目をさますのは1週間後となる。
それまでの間、心の中で生きている人たちが代わる代わる主人公の身体を支配していた。
目を覚ました主人公は次に仲間が死なないうちに行動へうつした。
「ふぅむ、診察の結果、あなたの心の中には今7人の人がいますね」
「そうなんですよ! いくら置き手紙で注意しても
必ず庭のハトにエサあげるもんだから、屋根や窓がフンだらけなんですよ!」
「で、記憶を消したいと?」
「もう心のやつらに身体を支配されたくないんです!」
「それは無理なそうだんだ。
彼らは君の心の中の深いところに入っている。
薬やなんだで簡単に消せるほど軽いものじゃないんだよ」
「そ、そんな……なんとかできませんか!?
もうかれこれ10年以上の付き合いでしょう!?」
「ああ、10年の付き合いだ。
私のことも君の中ではしっかり残っているかね」
「え゛」
「実はわたしは昨日病気になってね……余命数秒しか無いんだ」
「お前ぜったい自分で病気になっただろ!!」
主人公の心の中の人間がまた追加された。
人が増えるたび主人公自身が自分の体を支配できる時間は少なくなり
しだいに別の人間が主人公を操作している時間が多くなった。
そこで主人公は自分の身体を拘束して動けないようにした。
「ふふふ、これなら俺以外の人間が俺を操ることはできない。
記憶は共有されないから拘束を解除する方法も知らないはずだ」
日付が変わると同時に主人公の身体は心の中で生きる人間へと主導権をリレーした。
次に目を覚ますと、庭のハトにエサをあげている時に目が覚めた。
「はっ! 拘束が解かれてる!? 一体どうして!?」
傍らにはヒロインがいた。
「よかった、目が冷めたのね。実はあなたの部屋に来たとき、
あなたが動けないように拘束されていたから助けたの」
「なんてことをしてくれたんだ!」
「結局、拘束を解除する方法はわからなかったから
時間をかけて金属を溶かしながら身体には傷をつけないように
細心の注意を払いながら1週間かけて、あなたのために頑張ったわ」
「なんでそこまでして……」
「だって主人公が好きなんだもん!」
「お、おお……」
「今、私告白したよね? 印象に残ったよね?
少なくとも告白せずに死ぬよりは心の中に刻み込まれたよね?」
「もうやめてくれーー!!」
主人公は誰も来ない場所へと逃げ出した。
死に目に合わなければ死んだことが印象付けられない。
もうコレ以上心の中に居座らせたくなかった。
「はぁっ……はぁっ……これからどうすればいいんだ……。
俺の身体にはもうすでに30人以上の人間がいる……。
逃げ続けて増やすことはできなくても、乗っ取られ続けるのは変わらない……」
もはや自分の体は自分のものではなくなった。
心の中に居座る不法滞在者たちが身体の操作権を求めて争っている。
「どうすればいいんだ。俺はこのまま乗っ取られ続けるしか無いのか……」
追い込まれた主人公の頭にふとアイデアが思いついた。
「そうだ。どうして気づかなかったんだ。
俺も誰かを乗っ取ればいいじゃないか!」
主人公だって誰かの心の中に残りさえすれば、乗っ取ることは可能なはず。
主人公は人工培養した人間を自分の家に住まわせ外界を完全に遮断。
庭のハトを眺めるしか楽しみのない完全な監禁生活をさせた。
もはや「主人公」という名前を冠することすらおこがましいほどの非人道的な監禁のかいあって、
手塩にかけて育てた入れ物人間は完成した。
「よしよし、こいつは生まれてから俺のことしか見ていない。
完全に心の中に刻み込まれたはずだ。
身体つき、顔つき、乗っ取り先としては申し分ない!」
外界から完全に遮断したので、かつて死んだ仲間たちのことは知らない。
主人公がのっとってしまえば、今も心の中でのたうち回る故人たちまで引き継がれることはない。
完全に新しい人生の幕開け。
主人公は死ぬ準備を整えると、自分で仕掛けた罠をかばって重症を負った。
「ぐっ……どうやら俺はここまでみたいだ……」
「……」
「ふっ、そう悲しい顔をするな。俺は死んでも君の心の中で生き続ける、そうだろ?」
「……」
「お前と過ごしていた数行のやりとり、楽しかった……ぜ……」
主人公はこれみよがしに息を引き取った。
・
・
・
次に目を覚ましたときには、
誰よりも主人公のことを気に留めていた身体へと乗り移っていた。
『やった!! 乗っ取り成功だ!! これから新しい生活が……あれ? いやに視線が低いぞ?』
庭の餌付けされていたハトの1羽がポーと鳴き続けた。
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