テレパシーボーイとツンデレ彼女

静嶺 伊寿実

短編『テレパシーボーイとツンデレ彼女』

 春先の三月、桜はまだ咲かない季節に、僕は彼女の後藤ごとう鈴音すずね、通称リンゴ(鈴音からリンになり、リン・ゴトウでリンゴと呼んでいる)と待ち合わせをしていた。

 僕もリンゴも高校三年生で、卒業式を終えた初めての土曜日。互いに市内の大学へ進学するが、違う大学になり、こうしてデートをする機会も徐々に減っていってしまうのかな、でも大丈夫だろ、と僕は思っていた。

 僕には誰にも言えない秘密があった。その秘密とは正対せいたいしている相手の考えていることが読めるテレパシー能力を持っていることだ。彼女のリンゴにも秘密にしている。

 待ち合わせの大型ビジョンの前に、とことこと小柄なリンゴがやって来た。ブレザーにグレーのカーディガンとリボン、チェックのスカートと制服姿だ。なんでだ? 僕はジーパンにVネックの紺色シャツの上に一張羅のブルゾンジャンパーで、どうにも釣り合わないだろうと思った。

「さすが、私を待たせなかったね」

リンゴの心は『やっぱり制服にして正解』と喜んでいる。『遅くなっちゃたから、もっと早く服を決めれば良かった』とも思ってるのが読めたので、僕はそこを突くことにした。

「俺を待たせたことへのお詫びは無いのね、リンゴさん」

「なに言ってんの、私がこんなところで一人で待ってたら誰かに声かけられちゃうじゃない。待つのは篤人あつとって決まってるの」

「へーへー」

 リンゴはぱっちりした黒い瞳で僕を下から覗きながら、勝ち気に笑っている。『悪いとは思ってるよ』と心の声が聞こえた。リンゴの髪型は学校とは違って、何も結ばずおろしていた。黒髪がさらさらと風になびいて、まるでドラマから出てきたみたいだ、と僕は眩しくて目をそらした。

 昼の十二時に待ち合わせしたので、まずは食事をすることにした。

「リンゴ、何が食べたい?」

篤人あつとの好きなの物にゆずってあげる」

 リンゴの心にハンバーガーが浮かんだ。テリヤキバーガーが食べたいらしい。

「じゃ、ハンバーガーだな」

篤人あつとはお子様だなあ」

満更まんざらでもない様子で、僕たちは歩き始めた。

 交差点で信号待ちをしていると、観光客の外国人が地図を持って話しかけてきた。金髪白人の背の高いスマートな女性で、旅行客らしくリュックを背負っている。

 僕がつたない英語とジェスチャーで道を教えると、「アリガトウ」と言って金髪の女性は去っていった。信号も変わったので渡っていると、リンゴは明らかにのろのろと歩いている。うつむき加減で口がとんがっていた。

 「ほら行くぞ」と僕はリンゴの手首を握って、横断歩道を渡り切る。「どうした?」と聞いても視線を横に向けるだけ。

 『やっぱりああいう背の高い人の方がいいのかな。私小さいし』とリンゴは頓珍漢とんちんかんなことを考えていた。

「道を聞かれたから答えただけだよ。ほら、別にお茶に誘ったわけでもないし」

 僕は誠意を持って訴えかけた。

「ホント、篤人あつとって誰にでも親切だよね」

『今日はデートなんだから、私との時間を大事にして』の心の声が同時に聞こえた。

 なんて答えればいいんだ。背の高さなんて関係なくリンゴは素敵だよ、か? こうやってリンゴとのデート時間作ってるんだから大事にしてるに決まってるだろ、か? あの場面で他人に冷たくしたらリンゴを幻滅させちゃうだろ、か? 恥ずかしくてこんなこと言えない。

「それは違うな。リンゴ以外には親切だよ」

「ひどーい! バツとしてテリヤキハンバーガーの刑に処す!」

「なにそれ」

「私におごる権利を与えられたんだよ。ありがたいでしょ」

「いいぞ。お子様セットでいいか?」

「むきー! ポテトもコーラもLサイズじゃないとダメだもん」

「お前そんなに食べられないだろ」

と口論しながら、ハンバーガー屋さんに着いた。リンゴは本当にテリヤキハンバーガーセットにLサイズのポテトとLサイズのコーラを付けた。僕はチーズバーガー単品にウーロン茶のSサイズにした。後の展開が予想できるからだ。「それしか食べないの」と小馬鹿にされながら、僕は財布を出した。

 僕たちは席に向かい合わせに座って、リンゴは早速テリヤキハンバーガーをほおばる。顔も口も小さいので、ハンバーガーにむしゃぶりつかれているように見えるが、にこにこ顔で食べているのでとても美味しそうだ。

 『これよ、これ。幸せ』と心の中ではしゃいでいる。口の端についたマヨネーズに気付いていないので、紙ナプキンで取ってあげた。

「ちょ……こんなところでしないでよッ。言ってくれたら自分でできるのに」

「本当に?」

 ちょっと子供扱いしてからかったら、『篤人あつとに見られた、恥ずかしい。気付かれる前に自分で取らなきゃ』と、バッグから手鏡を取り出して、一口食べるごとに鏡でチェックしだした。食べては見て、食べては見て、ちょこまかして小動物みたいだ。

 しばらくして、リンゴの手がピタリと止まった。お腹がいっぱいになったらしい。『これ以上食べたら吐いちゃうかも。でも自分で注文しちゃったし、払ってもらっちゃったし、食べなきゃ』と使命感に燃えるリンゴからトレーを取り上げて、「無理すんなよ」と余ったポテトとコーラは僕が責任を持って食べ切った。

 その後は近くのゲームセンターへ行くことになった。車のレーシングゲームを本気でしたり(僕が勝った)、太鼓のリズムゲームを大声出し合ってしたり(これも僕が勝った)、浮いて来るボールをまとに入れるゲームをしたり(僕の方が多く入れた)、数百円で存分に楽しんだ。けれど、やればやるほどリンゴの口数が減っていった。負けて悔しいのかな、と顔を見ると『もっとゲームの研究しないと』とゲーム慣れしていないリンゴらしいことを考えていた。

「さて、次はどれにする?」

「ま、私が遊びたいのはこんなところね」

とカバンを持ち直した。『ちょっと疲れたし、休憩したいな』の心の声が聞こえたので、「じゃあ出るか」と僕らはゲーセンを出て地下街へ降りた。

 僕は事前に下見した時に見つけたパフェが美味しそうな喫茶店へ連れて行こうと、思い切って言ってみた。

「リンゴ、パフェ食べたいって前に言ってたよな」

「覚えてるなんて偉いじゃない」

 当たり前だろ、なんて恥ずかしくて言えない。

「勘が当たっただけだよ。ほら、カバン持っててやるから。行くぞ」

 僕はリンゴが持っていたカバンを奪い取ると、早く喫茶店へ連れて行ってやりたい気持ちが早って、先に歩く。どんな顔して喜んでくれるかな。

「ちょっと待ちなさいよ。私の方が歩幅小さいんだから」

『手くらい繋いでくれたっていいのに』と聞こえる。まったく、カバンを持ってあげただけじゃなく手も繋いでほしいのか、このお姫様は。仕方ないな。

「これでいいか?」

 僕は人通りの多い地下街で、勇気を奮い立たせてリンゴの手を握った。

「ちょっと、いきなりなんなのよ」

と威勢のいい言葉のわりには手を握り返してくれる。

 トレンチコートや流行りの白いショートコートを着こなす女性たちとすれ違いながら、互いに無言で歩いた。時折リンゴはブレザーの裾を直したり、リボンを気にしたり、前髪に手をやったりしていたけれど、彼女なりに恥ずかしいのかもしれない。手を離した方がいいのかな、でも離すタイミングが無いな、と考えているうちに喫茶店に着いた。

 喫茶店はビビットカラーで装飾された、パフェとパンケーキが目玉の店で、女性客が多い。リンゴはひょこひょこと背伸びしながら、『どれ食べよう。どれも美味しそう』と嬉しそうだった。

 僕らは店員に二人掛けの席に案内され、ほうじ茶ラテやイチゴパフェを頼んだ。隣の客との距離も保たれていて、ここならあの話ができるな、と僕は深呼吸した。

「ねえ、やっぱり篤人あつともああいう恰好の人とデートしたかった?」

 なんのことだろう。目線の先には花柄のワンピースを来た女性が笑顔で男性と話していた。ああ、服のことか。リンゴの顔を見ると、彼女が今朝から色んな服を試した結果、この先もうできない制服デートを選択したことが読み取れた。

「いや、高校生らしくていいと思うよ」

「あんたも制服で来れば良かったのに」

 そういう意味か。なら言ってくれればいいのに。「へーへー」と返事をしたら、注文した物が運ばれてきた。

 僕は今日のデートの意味を知っている。リンゴにとって今日のデートは前座にすぎないのだ。本番は明日、映画に行った後で僕に何かを渡そうとしている。

 だから僕は今朝早く起きて、明日リンゴが見たがっている映画のチケットを買ってきた。リンゴが食べるパフェが半分くらいになったところで切り出す。

「リンゴ、これ明日行こうな」

 チケットを取り出すと、リンゴは「別にあんたと行きたいなんて、私言ってないじゃない」とつぶやきながら受け取る。心では『嬉しい、なんで行きたい映画が分かったんだろう。わざわざ買ってきてくれたんだ』と感動してくれている。

 だけど、僕の本題はこれじゃない。リンゴがチケットを見つめている間に、僕はポケットに隠しておいたリボンがついた小箱を取り出した。

「リンゴ、俺ら来月から大学生だろ。だから、これお揃いで買ったんだ」

 きょとんとするリンゴ。「開けてみて」とうながすと、リンゴは涙目でリングが通ったネックレスを手に取った。

「なんでよ。私から言おうと思ったのに。そうやっていつも私の先にやっちゃうんだから。ホンット、そういうところが嫌いなのよ……」

「本当に嫌い?」

「嫌いじゃない。でも……」

『どうして名前で呼んでくれないの』か。お金や計画じゃない、ここが男の見せ場だな。

「わかった。鈴音すずね、これからもよろしくな」

「うん!」

「明日は俺も制服で来るからさ。楽しもうな」

「わかってるじゃない」

 リンゴ、いや鈴音すずねは涙ながらにネックレスをつけて、笑顔になってくれた。

 次の日、鈴音すずねからのプレゼントのペアウォッチを受け取り、僕らは同じネックレスと時計をつけて最後の制服デートを満喫した。

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