曲がり角の向こうがわ

余記

初恋

ぼくは今、たぶん、恋をしているんだ。

恋というのは、相手のことを、好きだとか、大切に思って、いっしょにいたいな、と思うような感情のことなんだって。




恋って、素敵だよね―――

そんな事を、目を輝かせて、少し上のお姉ちゃんが言ってた時には、正直、ふーん?というくらいの興味しかなかったんだ。


でも、今は、そんなお姉ちゃんの事を笑えない。



クリーニング屋の、角を曲がって向こう側。

商店街がある通りの端のところ。

ちょうど、今の時間―――


きたきた。


わざとらしくないように、目を伏せながら歩いていくと


「あら。まーくん、こんにちわ。」

その声に、今、気づいたという風に顔をあげる。


「あ。おねえさん、こんにちわ。」


輝くようなまぶしい笑顔。

胸の奥が、ずきり、と痛んだ。




彼女は、近所のお姉さん。

見上げるくらい背が高いんだけど、きれいでカッコいいんだ。

それで、それで、それで、すっごくやさしくて、なんかいい匂いがする。


「あら、まーくんも、今、お風呂いくところなの?」


うちには、お風呂が無い。

なので、近所の銭湯に通っているのだ。


はい、とうなずくと、


「一緒にいこうか?」


と、手を握ってくれる。



「あー!まさゆきってば、また勝手に行っちゃって!」

その声に顔を向けると、僕のお姉ちゃんがいた。

「うちの弟がすみません。」

そんな言葉に、くすくすと笑うお姉さん。


「あら、いいのよ。有希ちゃんも一緒に行こうね。」

そんな言葉で、僕たちは3人、連れ立ってお風呂に行った。




僕は今、恋をしているんだ。


クリーニング屋の、角を曲がって向こう側。

商店街がある通りの端のところ。

ちょうど、今の時間―――


きたきた。


わざとらしくないように、目を伏せながら歩いていくと


「あら、まーくん、こんにちわ。」

くすくすと笑いながら声をかけてくれた。


「これから、銭湯に行くの?」


はい、とうなずくと、


「じゃぁ、一緒に行きましょうね。」

と、手を差し伸べてくれる。


その手につられて、上を見上げると


夕方の空、薄明るい中に、まぁるい月が浮かんでいた。



「あ。月が、きれいですね。」

そんな事を言うとお姉さんは、え?というような顔を一瞬した後、僕の視線を辿って空を見上げる。


「ほんと。今日は、満月だったのね。」

ふたりで、しばらくの間、月を眺める。

そして、お姉さんは振り返って言った。

「じゃぁ、いこっか。」

と、そんな時。



「あー!まさゆきってば、また勝手に行っちゃって!」

その声に顔を向けると、僕のお姉ちゃんがいた。

「もー。小学校に上がってから、まさゆきってば私の言う事聞かなくなっちゃったんですよ?」

そんな言葉に、くすくすと笑うお姉さん。

「あら?まーくんは、ずっと良い子だと思ってたんだけど。」

そう言って、僕の頭を撫でてくれる。


「まさゆきは、お姉さんの前では、猫をかぶってるの!」

そんな風に、怒ってるお姉ちゃんの前でも、くすくす笑いながら手を取って


「ほらほら。あんまり怒ってないで、一緒に行きましょうね。」

そんな言葉で、僕たちは3人、連れ立ってお風呂に行った。



***



雅之まさゆきも、来週には、東京行っちゃうのかぁ。」

そんな事を言う姉。

東京の方の大学に合格したので、来週から、東京の方に引っ越す事になったのだ。

ちなみに、姉は地元の大学に合格して、のんびりと学生生活を満喫まんきつしている。


「そういえば、雅之が小さい頃に好きだった近所のお姉さん、もう結婚しているっていうの知ってた?」

そんな言葉に、昔の事を思い出して思わず赤面する。


「え?好きだったって。。。」

「もう、バレバレだったよ?

結婚の時にも、雅之君の受験に差し障りさしさわりが無いように、言わないでね、って言ってたくらいだし。」




クリーニング屋の、角を曲がって向こう側。

引越しの準備で、洗濯物を取りに行った帰り、ひさしぶりにお姉さんに出会った。


「あら。まーくん、おひさしぶりね。」

にっこりと笑顔を見せてくれる。


「東京の大学に行くって聞いたけど、いつから行くの?」

「はい。来週に引っ越す予定で、服とか受け取りに来たんです。」

と、洗濯物を見せる。



「ちょっと、さみしくなるね。」

と、お姉さんは、少し遠くを見るような目をしたあと、


ふわっ!


急に、僕の頭を抱きしめたのだ。


「ふふっ!あの、小さかったまーくんも、東京に行っちゃうのかぁ。」

そんな事を言っていたが、お姉さんの大きな胸に包まれて、僕はそれどころじゃなかった。

顔が、燃えるように熱く感じる。


ぎゅっ!


「元気でね。」

その一言を言った後、離してくれた。


ようやく落ち着いて、息を吸うと―――


あ。この匂い




幼い頃に、恋をした相手だった近所のお姉さん。

今では、お母さんの匂いがするのでした。

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曲がり角の向こうがわ 余記 @yookee

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