嫌い合う二人は、偶然の出来事によってその距離を縮める。
gresil
超フルーツサンド
俺は
我田引水と言う言葉が良く似合う、最低のクソみたいな女だ。
俺は絶対、この女に優しくなんてしてやるつもりはない。
私は
無為無能と言う言葉が良く似合う、存在する価値もない男だ。
私は絶対、この男に媚びを売ってやるつもりなんてない。
さて、この二人は高校入学して間もなく、悲劇の様な出会いを経験していた。そして不運は重なり、あろうことか同じクラスの隣同士の席になってしまうという事態に陥っている。
第一印象は最悪。好感度は最底辺。
口を効くことはおろか、目も合わせたくもないし、出来ることなら同じ空気すら吸うことすら憚られる。それほどこの二人は、心の底から嫌い合っていた。
嫌よ嫌よも好きのうち。嫌いとか言いつつも、本当は誰よりも気になって仕方がないんじゃないか。と、お思いの方も多いかもしれない。
しかし、この二人に限ってはそんな事は全くなかった。
誰が何と言おうと、本当の本当に嫌いだったのだ。
だが、そんな二人の心の距離も次第に縮まっていく。
そこには相手に対する優しさも、思いやりも、気遣いも、下心も、善意も、悪意も、他意も、知略も、策略も、陰謀も一切関与しない、日常の中の偶然の出来事。
とりあえず、この二人の日常がどんなものか、その一面を見てみよう。
***
とある日の昼休み。俺はパンを買うため購買へ向かっていた。
弁当は持って来ているが、育ち盛りの高校生男子には少しばかりボリュームが足りない。その足りない腹を埋めるために、パンの一つでもと思った次第だ。
前の授業が少し早く終わっていたお陰か、購買には一番乗りだった。俺は並んだパンの列から【超フルーツサンド】を選んで購入する。俺は甘党なんだよ。
俺の後に続々人が流れ込み、数が少なかったフルーツサンドは一瞬の内に売り切れた。
「あー! 真宮君、それ買えたんだー。いいなー」
購買に来ていたクラスメイトの女子、早坂さんが俺に声を掛ける。
「ああ、なんか一番乗りだったから運が良かったみたい」
「ホントだよ! そのフルーツサンドは月に一回しか販売しないレア物だしね!」
「へえ、そうなんだ」
そんなことも知らずに買ってしまった。本当に運が良かったようだ。
「良かったらソレ、譲ってくれないかなあ?」
そう言われて俺は思案する。女子に対する好感度を上げるのに、ここは譲った方がいいのではないか、という浅はかな考えが浮かぶ。しかし、その相手は早坂さんだ。彼女には申し訳ないが、あの忌々しいクソ女と仲がいい、というだけで俺の中の評価は低い。
よって、ここは譲る価値なし、という結論が俺の中で下された。
「ごめん。次はいつ買えるか分からないから自分で食べてみたいんだ」
「まあ、そうだよねー。残念」
それだけ言葉を交わすと、俺は早坂さんと別れて教室へ向かう。
しかしこのフルーツサンドを買えたのは本当に運が良かったようだ。売り切れた今も、それ目当てに購買へ駆け込む者が後を絶たない。
どうせならこの運、別のところで使いたかったと言うのがちょっとした本音だった。
実は最近、食玩のおまけ集めにハマっている。全十二種類プラスシークレット一種類の計十三種類あるのだが、どうしてもこのシークレットが出ない。他の十二種類は三被り以上しているのにシークレットだけが出ない。シークレットの【コアラの様に木を登るパンダ】だけが出ないんだ!
アレが手に入るのだったら、このフルーツサンドすらも投げ捨てる覚悟だ。
そんな事を考えながら教室へ入り、自分の席へ向かう。
「おーい、真宮いるか?」
すると、教室の入り口から俺を呼ぶ声が聞こえた。声の主は同じ委員会の石津先輩だった。
俺はフルーツサンドを机の上に置き、石津先輩の元へ向かう。
用件は委員会の事で、放課後少し集まりがあると言われた。石津先輩には大変良くしてもらっているので、少しばかり雑談をしてから教室へ戻る。
教室に入った俺は、目の前の光景に身体が凍りついた。
先ほど机の上に置いたフルーツサンドはあろうことか、誤って隣のクソ女の机に置いてしまっていた様だ。しかも時すでに遅く、クソ女は自分の机の上にある【超フルーツサンド】を凝視しているではないか。
さあ、どうする俺。
正直、あのクソ女には必要以上に関わりたくない。【超フルーツサンド】をあのまま放置してもいいと思えるくらい関わりたくない。でもやっぱり、ちょっと食べたい。
自分の中で正解を模索するも、ベストどころかベターな回答すらも思い浮かばない。
そんな時、クソ女の手元にあるものが目に付いた。
あ……あれは……まさか! 【コアラの様に木を登るパンダ】じゃないか!
クソっ! 不本意だが、この場合は仕方ない。ここで俺の起こすべき行動は決まった。
俺は意を決して、クソ女の元へ歩みを寄せる。
***
私は四時限目の途中から、ずっとソワソワしていた。この授業が終われば昼休み。私の目的は、月一回のみ購買で販売される【超フルーツサンド】只一つ!
先月は惜しくも手に入れることが出来なかったが今日こそは! 今日こそはなんとしてでも手に入れてみせる!
「じゃあ、ちと早いけど今日の授業はこれで終わりなー」
ベルが鳴る五分前。歴史担当の先生が授業の終わりを告げる。これなら時間的にも余裕があるし、手に入れられる可能性が高い! 先生グッジョブ! 愛してる!
周りの生徒が散り始めのを確認し、私も椅子から立ち上がる。
「あ、鷺島ー、ちょっといいかー?」
歴史担当の先生が私を呼び止めたので、仕方なく先生の元へ向かった。
「なんですか? 私急いでるんですけど」と言ってやりたい。
「お前今日、日直だろ? これ、歴史資料室に戻しておいてくれ」
そう言って古びた資料を私に手渡した。
マジふざけんな!! 何この先公!? 死ねばいいのに!!
「早坂! お願い!」
「りょーかい」
頼まれた仕事を断るわけにはいかないので、私の命運は早坂に託した。どうか売り切れていませんようにっ!
私は歴史資料室に寄ってから、購買へ向かった。
購買に着いて早坂と合流するも、手ぶらの彼女を見て私は肩を落とす。
「買えなかったんだ……」
「ごめん! ちょっと間にあわなかったー」
「しょうがないよ。また、来月頑張る」
ここで早坂を責めても仕方がない。今月は運が無かったんだ。そう思って自分を慰める。
「あー、でも真宮君は買ってたよ。譲ってってお願いしたけど断られちゃった」
「はああああ~~? あの男はこの世に生を与えられただけでも罪深いと言うのに、私の欲しいモノを手に入れるなんて本当に許せない!!」
「まあまあ、買えなかったお詫びといっちゃあなんだけど、コレあげるからとりあえず落ち着こうよ」
そう言って早坂は私に何かを手渡す。
「何コレ? パンダ?」
「うん、お菓子のおまけ。被ったからあげるよ」
私は、手の中にあるものを見つめる。なんかコアラみたいなパンダ。微妙にブサイク。こんなんの何がいいんだか全然分からない。
「まあ、折角だから貰っておくけど……」
「あ、私トイレ寄って行くから先に教室戻ってー」
先に教室へ戻り、自分の席に戻った。
するとどうだろう。私の机の上に【超フルーツサンド】が置いてあるじゃない!
えー!? なんで!? これは神からのおぼし召し!?
でも多分……あのクソ男が間違って私の机に置いていったのだろう。私の机の上は私のもの理論でなんとか手に入れられないものだろうか。
するとクソ男やって来て、ぶっきら棒に私に言った。
「ソレ、欲しけりゃやるよ」
「はあ? このフルーツサンドのこと?」
あり得ない発言に、私は訝しげに目の前の男を睨みつける。
「まあ……タダってのもアレだから、その手に持ってるのと交換でいい」
私の手に持ってるもの……このオマケのことかな。一応騙されたと思って、無言でそれを手渡す。
それを受け取ったこの男は、もうこちらには興味なさそうにそっぽを向いてしまった。
私は目の前に置かれたフルーツサンドを見つめる。
きゃっふ~う!! 良く分からないけど、【超フルーツサンド】ゲットだぜ~!
さっそく包みを開け、大きな口で頬張った。
あ……美味し過ぎて、もう……語彙力……
「あれえ? なんで鷺島がソレ食べてるの?」
後からきた早坂が、不思議そうにこちらを見て言う。
「貰ったのよ」
「へー、私には譲ってくれなかったのに、鷺島にはあげるんだあー……もしかして真宮君、最初から鷺島にあげるつもりだったんじゃないのかなあ?」
私達の仲の悪さを知っているクセに、到底あり得ないような事をからかうように言う。
この男にそんな気概はあるはずがない。そう思いながらも、私はチラっと横目で隣の男の方を見た。
えええーー!? なんかこの男、何かを成し遂げて凄く満足したよな表情してるんですけどーー!? ※おまけコンプしたからですね。
ま……まさか本当に最初から私に渡すつもりで……?
だって、このフルーツサンドとお菓子のおまけじゃ、等価としては釣り合わないじゃない! そんなの、最初から私のために買ってきました、と言ってるようなものじゃない! ※違います。
一体どういうつもりなの……?
さすがにこんなさりげない優しさ見せられたら、ちょっと見直してもいいかなって気持ちに…………ってナイナイ!! そんなの絶対にあり得ない!!
だって私はこの男の事、本当の本当に大嫌いなんだからっ!!
「はあ……こんな高揚した気持ちになれるなんて……今日はなんて素晴らしい日なんだ」
隣の男は清々しい表情でそう呟く。
それは私に体よくフルーツサンドを渡せたから、この上なく気持ちが昂ぶっているということですよね!? ※違いますね。
そんな歯の浮くような台詞、イケボで囁かれたらさすがの私もお胸がトゥンク――――
二人の日常は、こうした偶然と勘違いによって次第に縮まり、やがては恋人同士に――――
おっと失礼。
それはまた、別の――お話――
嫌い合う二人は、偶然の出来事によってその距離を縮める。 gresil @gresil7
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