ふたりの縁談

初音

ふたりの縁談

 峰次は、淡々と告げた。


「俺、縁談が決まった」  


 美津は、ぴたりと稲扱いねこきの手を止めた。一瞬だけ口をポカンと開け、驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの小憎たらしい笑みを浮かべた。


「あらま、あんたみたいなのの妻になろうって女がまだいたなんてね」

「いるさ。たくさんな。こんな小汚い村にいちゃあわからねえかもしれねえが、俺が髪型を整えて、それなりの着物を着れば、二枚目役者もびっくりだぜ」

「そういうのを、馬子にも衣装っていうのよ。よしんば二枚目役者を凌いだとしても、それは衣装のおかげ。それと」


 美津はその顔にわずかに怒りの色を浮かべた。


「あたしの育った村を、小汚い村呼ばわりしないでくれる?」

「なんだよ、お前いっつも、『あたし一生こんな辛気くさい村にいないといけないのかしら~』なんて言ってたじゃねえか」

「それでも、他人ひとに言われると、なんだか腹が立つのよ」


 美津は手を動かすことを再開したが、まだそこに峰次が立っているのでなんだか気が散ってしまった。


「少し、散歩。行くよ」


 おっ母さん、ちょっと出てくる!と家の中に声をかけると、返事を聞く前に美津は峰次を連れ出して自宅の庭を抜けた。


 問答無用と言わんばかりの威圧感を放ちながら、美津は田んぼの側道をずんずんと歩いていく。


「どこ行くんだよ」

「散歩なんだから、適当よ」


 だが、美津もただ闇雲に歩いているわけではなかった。


 着いたのは、神社だった。


 半月程前にお祭りは終わってしまったので、人気はない。石段を登る二人分の足音が、やけに大きく響く。


 それ以外の音と言えば、鳥の声と、風の音だけ。

 もしかしたら、峰次と美津の、互いの心の臓の音も聞こえるかもしれない。


 黙ったまま階段を上りきると、こぢんまりとしたお社が現れた。

 狛犬の台座の下部は少し広がっていて、人が二人座るには十分だった。


 どちらからともなく、腰かける。


「覚えてる?昔、ここで肝試ししたでしょ」美津はおもむろに話し始めた。

「ああ。お前がはぐれて、一人で泣きじゃくったやつな」

「あれは、あたしがはぐれたんじゃなくて、あんたがはぐれたのよ」

「よく言うよ。峰次~!どこ行ったの~!ってビービー泣いてたくせに」

「うるさいな。ああ、もうそんな話がしたかったんじゃないのに!」

「どんな話だよ」

「あたしも、決まった。縁談」


 今度は峰次が驚きに目を見張る番だった。


「よ、よかったじゃねえか。どこの誰なんだ」

「名主の佐藤さんのところの次男で、栄助っているでしょ」

「えっ、栄助!?あの鼻たれの!?」


 きっと睨んだ美津の視線に、峰次はたじろいだ。


「あんたこそ、相手は誰よ」

「俺は、お前の知らないひとだ。十里先の町にある、大店おおだなの娘でさ。名字帯刀も許された立派な家の出なんだ」

「そう。おめでとう」

「うわ、なんか素直すぎて気持ち悪いな」

「何よ、人がせっかく祝ってやってるのに」

「あはは、まあ、うん、ありがとう。お前の方こそ、おめでとう。でも俺は、兄貴が死んだからって巡ってきた縁談だからさ。なんだか素直に喜べねえや」

「喜びなさいよ」

「でも」

「お兄さんが死んだおかげで、あたしとの縁談なんかよりずっといい縁談に恵まれたんだから、喜びなさいよ!」

「なんだよ、そんな言い方することないだろ!兄貴が死んでよかったなんてこれっぽっちも思ってねえよ!お前との…!」


 峰次はハッと我に返ったように言葉を止めた。


 美津の頬には、一筋の涙が伝っていた。



 美津は、それをさっと袖で拭うと、すっくと立ち上がった。


「本当。あんたが何のしがらみもない次男坊のままだったらよかったのにね」


 美津は社の方に歩を進めた。

 一歩遅れて、峰次も付いてきた。


 二人はぱん、ぱんと手を叩き、目を閉じて合掌した。


 ――峰次のこの先の人生が幸せでありますように。


 ――美津のこの先の人生が幸せでありますように。



 二人は同時に目を開けると、同時に「何頼んだの?」と聞いた。


「教えるか、バカ!」

「こっちだって、教えるわけないでしょ!」


 二人はぷっと吹き出すように笑った。

 少し気まずい沈黙を打破するように、美津は走り出した。


「家まで競走ね!」

「おい、待てよ!」









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ふたりの縁談 初音 @hatsune

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