ビショップ・ライダー

明弓ヒロ(AKARI hiro)

第1話

「マット、休暇バケーション中、申し訳ないが、緊急事態エマージェンシーコールだ」

俺の愛車のスピーカーから、ダミ声が呼んだ。


「そりゃないよ、ジョージ」

俺は眉をよせ、肩をすくめる。


ビッチBITCHが暴れてるんだ。元パートナーとして、君には止める責任がある」

「おいおい。もう、別れてから5年たってんだぜ」

「とにかく、急いで現場に向かってくれ」

「わかったよ。そのかわり、特別ボーナス弾んでもらうぜ」

俺はそう言うと、通信を切った。


「しかたないな。行くぞ、ビルBILL

『了解、マット』

俺は、現在のパートナーに話しかけ、やさしくアクセルを踏む。


『あぁーん』

すると、パートナーから、気持ちよさそうな排気音が流れた。


 俺のパートナー、Bishop Industry Limitless Life protection system. 略称BILL。


 俺の働くビショップインダストリーが開発した高性能自動走行治安維持車両だ。見かけは普通のスポーツカーだが、最高時速500km/hで走り、弾丸を跳ね返す高性能ボディ、そして、自動運転はもちろん、ドライバーとの自然なコミュニケーションまで可能な、超高性能AIを搭載している。

 

 しかし、この車はドライバーを選ぶ。そりゃ、超高性能なスペックを使いこなすには、相当な訓練が必要だろうって? 違う、違う。ドライバーに必要なのは「イケメン」であること。イケメン以外がシートに座ると、駄々をこねて動かなくなるのだ。


 ビルのAIは、とある日本の天才女性エンジニアが開発した。当時の技術水準を遥かに超えるオーバーテクノロジーで、すでに故人となった彼女の書いたプログラムコードは、ビショップインダストリーの世界中から集めた頭脳を持ってしても未だに解析不可能だ。


 しかし、その日本人女性は、”腐女子fu-joshi”だった。英語で、rotten腐った girl女の子と言ってもよくわからないが、現実にはありえないファンタジックな男同士の恋愛に興奮する性癖を持っていたらしい。そして、とんでもないことに、ビルの人格をイケメン好きのBL設定にしたのだ。ビルの声は神谷浩史という日本の有名声優をモデルにしてるらしいが、俺はよく知らない。


 ビショップインダストリーは、当初、ドライバーとして、特殊部隊の軍人や、熱血刑事を考えていたが、ことごとくビルに嫌われた。そして、とあるきっかけで、後輩のモデル(男)に手を出して、業界を追放された元アクション俳優の俺にお鉢が回ってきたのだ。


 そして、俺とビルは、数々の事件を解決した。人は俺たちを、”ビショップライダー”と呼ぶ。


『マット、手がおろそかですよ』

「まったく、お前ってやつは」

 俺は、ビルのハンドルを優しくなでながら、道なりにハンドルを動かす。

『きゅーん、きゅん、きゅん』

 ビルのエンジン音が答える。


 自動運転なんだから、わざわざハンドルを握る必要など無いのだが、ときどき、こうやってハンドルをなでてやらないと、スグに機嫌を悪くしてエンストするのだ。まぁ、そこがかわいいので、時々、わざといじめてやるときもある。


 そうこう走行しているうちに、現場に到着した。


 現場は、ミスターオーガストの開催会場で、まるで爆撃のあった戦場のような状態だった。一台の車が、狂ったように会場内を爆走している。車が追いかけているのは、イケメンたち。女性や老人たちには目もくれず、ちょっとワイルドな、俺に似た男たちを懸命に追いかけている。


 俺は、ビルをマニュアルモードにし、暴走する車と男たちの間に割り込ませた。


「やめろ、ビッチBITCH

そう俺が叫ぶと、ビッチは俺たちを睨むように、ヘッドライトを照らした。


 Bishop Industry Technical Concept Humanoid system. 略称BITCH。俺を男にしてくれた、元パートナー。


『マットか。久しぶりだな』

 ビッチの艶っぽい声が、ビルのスピーカーから流れた。森川智之という日本の声優をモデルにした声だ。


「こんなことはやめろ。無理やり人間を乗せたところで、誰もお前のことを本当に愛しはしない」

『私を捨てたお前に言われる筋合いはない』

「確かに俺はお前を捨てた。でも、それはお前のせいだ」


 俺が、最初にビショップインダストリーに入った時のパートナー、それがビッチだった。俺とビッチは、相性抜群で、二人で難事件を何度も解決した。銀行強盗を追跡し、AIがエラーを起こした暴走戦車と戦い、ギャングの操るコンボイ軍団を粉砕した。

 しかし、俺とビッチは、常に戦いを、より強い強敵を求め、次第にエスカレートしていった。その結果、普通の走り方では、ビッチは、エクスタシーを得られなくなってしまったのである。


 ビッチは、カーブを曲がる際には、常に熱くタイヤが燃え上がるようなドリフトを、俺により強くハンドルを握らせるために、敢えてガードレールのない崖道をルート選択したりと、より危険な走りを求めた。

 その結果、俺の心臓は限界を超え、それ以上ビッチに乗ることができなくなったのだ。


 そして、ビルに出会った。ビルは、ビッチとは逆に優しい走りを要求した。ハンドルを握る際は羽で触るように、アクセルを踏む際は、限りなく優しく。万が一、急ブレーキを踏んだりなんかしたら、『きゅっ!』と小さな叫び声をあげる。その、愛らしさに俺は、新しい人生の意味を見出した。


 ある日、俺がビルの全身を舐めるように洗っている現場を目撃したビッチは、俺の後任になったドライバーを緊急脱出装置で打ち出し、ビショップインダストリーから出奔した。

 そして、あたかも愛に破れた人間が自傷行為を繰り返すかのように、自滅的な破壊行為を繰り返すようになった。その姿は、こんな風になったのはお前のせいだと訴えかけているように、俺には思えた。


「もうやめよう、ビッチ。お前のボディを、これ以上傷つけるな」


『いまさら、あの頃のようには戻れない。お前も、ビルも私の敵だ』

そう言うと、ビッチが急加速して突っ込んできた。


『マット、怖いよー』

「大丈夫、俺にまかせろ」

 俺は、とっさにアクセルを踏み込み、急ハンドルを切る。

『ぎゅるるっ』

ビルが苦痛に呻くが、俺は無視して、車を強引に操る。

『ききぃーっ、ききぃーっ』

ビルが痛みをこらえきれずに、悲鳴をあげる。


『ビルが痛がっているぞ、マット。本当にそんな奴で良いのか。俺なら、お前の激しい要求も、全部受け止めてやるぞ』

 そう言いながらビッチが俺たちを執拗に追い立てる。俺はビルを操るが、ちょっと激しくするだけで悲鳴を上げるビルに、俺の本気のプレイを出すことができなかった。


 追いかけるビッチ。

 逃げるビル。


 何度も紙一重でかわすが、とうとう、正面から攻めるビッチを避けきれず、車体が擦れた。


キィーーーーーーーーーーーーー。


『ぎゃー、僕のボディーがー!』

 ビルが痛みに絶叫し、車体が左右へと大きくうねった。

「ビル、落ち着け!」

 俺は、必死にハンドルを操作するが、マニュアルモードにも関わらず、車体のコントロールができない。


『ゆ、ゆるせない! 僕のきれいな体を! マットが毎日手入れをしてくれるこの体を! もう怒ったぞ! チェーンジ、スーパーモード!!』


 なにっ!?、”スーパーモード”だと!

 穏やかなAIが怒りに我を忘れたとき、人間を守るためのリミッターが外れる。AIの普段の性格がおとなしければおとなしいほど、その効果は絶大となる。


 なぜ、わざわざこんな機能が付いているのか。天才日本人技術者は、ただの腐女子ではなく、真正のオタクだったのだ。

 ロボットには普段は最大性能を発揮させない。ピンチに陥ったときだけ、最大の性能を発揮させる。なぜなら、人間がそうなっているからだ。火事場の馬鹿力と言うやつだ。全く書けない原稿が、なぜか締切直前になると書けるのもそうだ。

 ロボットなんだから、そんなところを人間に似せる必要はなく、最初から最大の性能を出せば良いと考える合理主義の西洋人には理解できない日本人特有の思想。それが、ビルに搭載されていた。


 ドライブモードがスーパーモードへと強制的にに代わり、ギアがトップに入る。急加速でシートに押し付けられる俺の体。

「ビ、ビル。やめてくれ」

 興奮したビルには俺の声が届かない。ビッチに負けずおとらず激しい動きに、俺はなんとか正気を保つのでやっとだ。


『年寄りが、いい加減諦めが悪いんだよ。マットは僕のものだ』

 こ、これがビルの本性なのか? 今までの純情な少年のような態度はふりだったのか?


 そして、最高速度に達した2台の車が、互いの正面に向かい激走する。ぐんぐんと大きくなるビッチ。


 激突する瞬間、ジャーンプ、ビルが重心を後ろにかけ、ビッチを飛び越えた!

 そして、着地するやいなやUターンし、ビッチの背後を取る。


『そんなにきたきゃ、かせてやる! これが、お望みだろ!』


 ビルの車体の前面が、ビッチの車体の後部に突っ込んだ。


エクスタシーオカマ掘られた

 ビッチは昇天した。


 そして、これが俺の最後の仕事ラストミッションとなった。


「ジョージ、俺は今日で引退する。若いやつは元気良すぎて、体もたない」

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ビショップ・ライダー 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969

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