裸足のヒーロー

葉月りり

第1話

 どうしよう。動けない。いや、動こうと思えば動けるけど、動き出す決心がつかない。


 今日はバイトに行くのがとても楽しみだった。だって、小木先輩とシフトが重なったから。もしかして、もしかして、バイトの後、誘われたりしないとも限らない。

 なんて妄想していつもよりややおしゃれして来てしまった。いつもスニーカーなのにハイヒールなんか履いて……間違いだった。


 電車を降りて駅前の横断歩道を渡って、商店街を5分ほど歩くと私のバイト先のレストランがある。小木先輩に会えるのが楽しみでウキウキで電車を降りたはずなのにその数秒後に横断歩道の真ん中で落とし穴にはまるなんて。実際は小さな穴だったんだけど、そこに引っかかってヒールが取れてしまったという、気分はもうどん底。皮一枚で繋がってぶらぶらしてるヒールをかかとから外れないように足を引きずってなんとか銀行の軒下まで移動してきたけど、さあここからどうしよう。なんとか店まで行けば仕事用ローファーが置いてある。でも、ヒールのあるふりで歩き続けたら10歩で足が攣る。何より多分、みんなにジロジロ見られるのがこわい。タクシー乗り場はすぐだけど、近すぎて行ってくれないよね。


 あ、やだ、雨まで降ってきた。降るって言ってたっけ? うわっ本降り。

 バイトの時間も迫ってるし、それにこんなところに突っ立ってると……あ、やっぱりきた。

「すいませーん。ちょっとアンケートいいですか?」

「いえ、時間ありません」

「でも、さっきからここにいますよねえ。お相手、来ないんでしょ」

「いえ、でも、結構ですから」

「怪しいアンケートじゃないですよ。ファッションに関した、いたって真面目なアンケートです。ほら、この会社です」

 見せてくれたカードはあの有名ブランドだけど、怪しかろうがまともだろうが時間がないのは確かなの!

「すぐ済みます。あ、ここじゃなんだから、あそこのカフェで。さあ!」

 と十分怪しい男は私の手首を掴んだ。

「やめてください!」

 私は男の手を振り払った。すると、

「あ、痛っ」

 男は手を抑えてうずくまってしまった。

 え?え?これって、えーー!


「あれえ、これはもしかして因縁をつけようってヤツかな」

 後ろから聞いたことのある声。この声の主は……小木さんだ!

 十分怪しい男は急に立ち上がって

「なんだおまえは!」

 と気色ばんだ。

「なんだといわれても、変なおじさんはそちらのほうだし。さっさと消えないと、僕のキックが炸裂しちゃうよ」

 と、小木さんは膝をあげて足首をぶらぶらさせて見せた。雨で濡れたその足は……裸足だった。

 え?なんで?

 十分怪しい男は、傘をさしてるのに裸足という小木さんの異様な姿に、顔色を変え何も言わず走り去った。


「あ、ありがとう、小木さーん」

 やばっ、泣きそう。

 泣きそうだけど、ありがたいのも本当だけど、そっちが気になる。

「でも、なんで裸足?」

「ああ、そこの横断歩道、真ん中に穴空いててさ、そこに蹴つまずいたら、スニーカーが三枚おろしになっちゃって。大事に取っといたお気に入りだったんだけどさ、履かなくても古くなると劣化するんだな。ほら」

 小木さんは脇の下に挟んでたスニーカーを出して剥がれた靴底をパタパタさせて見せた。

 また泣きそうになった。

「小木さん!私、私も……」

 私は足を上げて取れたヒールをぶらぶらさせて見せた。小木さんは目を丸くして私のかかとを見てる。

「その穴、私もはまりましたあ!」

小木さんは丸い目のまま私の顔に目を移して

「同じ穴の……ぶはっ」

小木さんが吹き出したら私もなんかおかしくなってきて顔を見合わせて笑い出してしまった。

「どうする? おんぶして行こうか」

「ありがとうございます! でも、脱いじゃう! おんぶも裸足も恥ずかしさは一緒。それに二人なら平気かも!」

 私は靴を持って、雨の中に一歩踏み出した。

「小木さん、いっそ傘もいらなくないですか?」

「そうだな。店まで数分、危ないカップルを装って走り抜けちゃえばいいな」

 小木さんは傘をたたんで、私の手を取って走り出した。

 水しぶきをあげて、店までちょっとの間の裸足の二人。なんか楽しくなっちゃって周りの目なんか気にならない。店がもう少し遠かったらよかったのに!

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裸足のヒーロー 葉月りり @tennenkobo

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