白澤真子の物語

世界を変えるあたしの(失)恋

「……あー……」


 白澤真子は、自室のベッドの上にうつぶせに寝転がり、ため息交じりに呻き声をあげた。

 この日、真子は失恋したのだ。

 正確に言えば、好きだった幼馴染に恋人ができた。


「あー……」


 半分死んだような顔をしながら真子はごろりと寝返りを打つ。

 そしてここ数か月の間に起きた出来事をぼんやりと反芻する。


----


「ちょっと!!また遅刻するわよ!!」

「う、うわあ真子!!勝手に入ってくるなっての!!」


 何をいまさら、と真子は思った。

 真子と稲葉洋輝は幼馴染である。

 家も隣同士、毎日のように顔を合わせ、毎日のように起こしに来ていた。

 もはやの洋輝の家のことなど洋輝より詳しい自信が真子にはあった。

 だが、その時ばかりは様子が違っていたのだ。

 なにか、なにかが違う。


「……ねえ、なんか今あんたの部屋から音が聞こえなかった?」


 その時の洋輝が明らかにやばい、という顔をしたことを真子は見逃さない。

 音など聞こえていなかったが、カマをかけたのだ。


「……ちょっとどいて」

「いや」

「どきなさい」


 真子は洋輝をぐいと押しのけると洋輝の部屋の扉をぐいと開けた。


「あ……」


 真子は目を見開く。

 そこには、桃色の髪の毛の少女が立っていた。

 その少女は非常に可愛らしく、どこか浮世離れしており、真子の事もきょとんとした顔で見つめてくる。

 さらに着ている服に見覚えがある。間違いなく洋輝のものだ。


「……」

「……この人、だあれ?」

「ま、真子、さん?あの、これには深いわけが」

「……ふぅー……」


 真子はゆっくりと洋輝の方へと向き直る。

 その満面の笑みに、洋輝もひきつりながら笑みを浮かべた。


「この……ケダモノがぁぁああああッ!!!」


 真子の強烈な右ストレートが洋輝の顔にめり込んでいった……




 ほどなくして彼女の名前はエリアであること、彼女を近くの湖で保護したこと、本人は自分を宇宙から来たと語っていることなど、様々な事を聞いた。

 真子は相当ふざけた話だと思ったが、洋輝もこの期に及んで嘘をつくような人間でもない。

 一応はその話を飲み込んだ真子は、エリアに自分の家で暮らすように打診する。

 だが、エリアは洋輝がいいと言って決して離れなかった為、とりあえず真子は洋輝を殴った。


 その後は、いろんなことがあった。

 洋輝が宇宙人のことをどうにかするためにオカルト研に顔を出した結果自称部員の雨宮雫に気に入られたり、学校の校庭で一人夜空を眺める不思議な先輩の穂崎千夏と知り合ったり、洋輝の妹と名乗る舞花という少女が海外からやってきたり、楽しいことが大好きで噂好きの風見深奈美がちょっかいを出してきたり、宇宙人を研究しているという変わった大人の女性、柏木静が家を訪ねてきたりした。


 急に女性に囲まれるようになった洋輝に対し、真子はずっとはらはらしていた。

 近くにいたのはずっとあたしだったのに。

 いろいろ知っているのはあたしだったのに。

 ……最初に好きになったのは、間違いなくあたしだったのに。


 時には湖に泳ぎにいったり、時には学校に忍び込んだり、時にはみんなでバーベキューしたりだとか……そんなイベントの数々に、必ず多くの女性が絡むようになって。

 だから、必死になっていろいろアピールした。

 でも、きっといつからか洋輝の心は決まっていたのだろう。

 エリアが宇宙に帰れるチャンスが来た時、洋輝はそれはもう必死に送り出そうとした。

 もう、真子にはわかっていた、幼馴染だから、理解できてしまった。

 本当は行かせたくなかったってことも、エリアの事が好きになっていたんだってことも。

 真子のずっと続いてきた初恋は、終わろうとしていたということも。


 結果として、エリアは洋輝のところに戻ってきた。

 そして二人は晴れて恋人同士の関係になった。

 真子は素直にそのことを祝福した。

 祝福するしかなかった。

 エリアはいい子で、お互いに好き同士で。

 そこに自分の入る余地はなくて。

 そして、今。


----


「……眠れないや」


 何もやる気が起きず、眠ることすらできなかった真子はベッドからのそりと動き出し、部屋の電気をつける。

 深いため息をついた真子は何か眠気を誘うようなものでもないかと思い、ふとベッドの脇にある机の上の本に目が行く。


「……恋のまじないかぁ」


 それは深奈美が渡してきた恋のおまじないの本であった。

 ずいぶん前にもらったものだが全く興味がわかなかったのでそのまま放置していたのだ。

 眠気を誘うのにはちょうどいいか、と思い真子は本をぺらぺらとめくる。


「……はぁー……」


 それとも。

 恋のおまじないでもしていれば自分の恋は叶ったのだろうか。

 真子は自嘲気味に、しかし思わず笑ってしまった。

 そんな馬鹿な事があるわけないか、と。

 ……そんな風にページをめくっていると、ふと一つの文章が目に入る。


『新しい出会いをはじめるおまじない』


「……新しい出会い」


 おまじないは赤いペンで魔法陣を書いておまじないを唱えるという非常に簡素なものであった。

 他の、今の恋愛を成就させるとか、好きな人に振り向いてもらうなどのおまじないに比べて明らかに手が抜かれている。

 真子は、そんな一応用意されたレベルのおまじないがなんとなく不憫に思えてきた。

 そして机を見るとおあつらえ向きと言わんばかりに赤いペンとノートが転がっている。


「あはは、いいじゃない新しい出会い。やってやろうじゃないの」


 真子は少々自棄になりながらノートに赤い魔法陣を雑に書いた。

 どうせ雑なおまじない、雑なくらいがちょうどいい。

 書き終わった真子は、本を読みながらおまじないを呟く。


「あー、キラキラかがやけあたしの未来ー、新たな出会いをつれてきてー」


 ……言い終わったあとにそのあまりにとってつけたおまじないに真子は急に恥ずかしくなってきた。

 それでもなんとなく、本当になんとなくだが心が軽くなった気がした。


「……寝よ」


 真子はそのままベッドで眠ろうとした。

 その時。急にあたりが光りはじめた。


「……何?」


 真子は机の上がキラキラと光り輝いていることに気付く。

 その光は宙に集まり、巨大な丸を形作っていた。

 真子は、ただそれを眺めることしかできなかった。

 ……次第に光がぐぐっと縮まっていく。

 そして、弾けた。


「ひゃっ……!?」


 真子はその光の爆発に驚き、顔を腕で隠した。

 光はすぐに収まり、真子はそちらの方をゆっくりと見た。


 そこには、青い髪をふわりと揺らしながら宙に浮かぶ、獣耳の少女がいた。

 顔立ちは幼く、14歳ほどに見える。

 和服を着ており、紫の着物の後ろから青色の尻尾が覗いていた。

 獣耳の少女は目をゆっくり開き、机の上にゆっくりと降り立つ。


「……ふふ……ふふふ……なるほどのう……」

「……?」

「あーっはっはっはっはっは!!」


 少女は突然高笑いをし始める。

 真子は面食らった表情でその少女を見つめる。

 少女はひとしきり笑った後、真子を見下ろすように眺めた。


「なるほど、お前が白澤真子か」

「な、なによ……なんであたしの事……」

「電子説明書を読んだからの」

「はあ?」


 電子説明書?

 なんだそれは、いや言葉の意味はわかる。

 ゲームとかに入っているやつだ。

 何故それが今出てくるのか、理解できなかった。


「ああ、そうじゃな……まだわからんのじゃったな、まあ順を追って説明してやるとしよう」


 獣耳の少女は見下すようなにやにやした顔で真子のことを見る。

 状況は全くわからないが、真子はかなりイライラしてきていた。

 好きな人に振られた日に、あたしは一体何を見下されているのだ?

 そう考えた時には、もう体が動いていた。


「まずお前は……」

「まず机から」

「あ?」

「降りなさいッ!!」


 真子は少女の足を引っ掴んでベッドに向かって投げた。

 獣耳の少女はうごっという声と共にベッドに叩きつけられた。


「な、なにをするかッ!!」


 がばっと獣耳の少女は起き上がって怒り出す。

 真子はベッドの上の少女に向き直って睨みつけた。


「いきなり現れて上から目線で行儀悪く人の机の上に立って、なんなのよあんた!あたしは今日機嫌が悪いのよ!!」

「お……う……」

「なに、また洋輝目当てなわけ!?洋輝はもう恋人できたのよ!残念だったわね!!」

「お、おう……」

「……そうよ、洋輝には……もう……」


 真子はへたり込んでその場に座り込む。

 獣耳の少女はゆっくりとベッドから覗き込むようにその様を見る。


「ま、まあ、なんだ……その……わ、わらわの話を聞くがよい、白澤真子よ」

「なによ」

「……こ、こほん」


 真子に気圧されながらも少女はベッドの上に立とうとし、やめて床に降りてから胸に手を当てて高らかに話し始めた。


「わらわの名はコルリ、ゲームの神様じゃ」

「はあ?」

「神じゃよ、神。わらわをあがめるがよい」

「……」


 真子は胡散臭いものを見る目をコルリに向けた。

 宇宙人の次は神か。

 宇宙人がいる以上は神がいても驚きはしないがこの獣耳娘が神というのはやや信じ難かった。


「まあ疑うじゃろうな、まあ仕方ない。まずは信じさせてやるところから始めよう」

「はあ……」

「よっと」


 コルリはごそごそと懐に手を突っ込むと、何やらタッチパネルのようなものを取り出した。

 それをコルリは手慣れたように操作すると、ある画面を真子に見せる。


「まずはこれじゃ」

「何これ……ヒロイン紹介って……あたし!?」


 そこに映っていたのは長い黒髪に少しツリ目で学生服を着た、間違いなく白澤真子自身であった。

 それだけではない。名前の隣には身長や年齢、誕生日に……


「す、スリーサイズ!?なによこれ!!」


 真子はその画面をさらに眺めると、となりに何やら短めの文章が書かれている。


「『主人公の幼馴染。幼い頃から主人公の事を知っており、何かと世話を焼いてくる。料理が得意などの家庭的な面もあるが、少々怒りっぽく手が出やすいのが玉に瑕』……お、大きなお世話よ!!」

「おぬしはギャルゲーのヒロインの一人なんじゃよ」

「ぎゃ、ぎゃるげー?」

「いわゆる恋愛シミュレーションゲームじゃよ、わからんか?」

「い、いや、なんとなくは知ってるけど……」


 恋愛シミュレーションゲーム。

 例外はあれど、その大半は大勢の女性キャラの中から一人を攻略し、恋愛を成就させるゲームだ。

 洋輝がそんなものをこっそりプレイしていたのを見てしまったことがある。

 その時は幼馴染が女の子といちゃいちゃするゲームをプレイしているという現実に思わず顔を殴ってしまったが、自分がその登場人物というのはどういうことだろう。


「これはおぬしが登場するゲーム、『この湖でまた明日』の電子説明書じゃ。これがゲーム内で取り出せるのもわらわの神としての特権なわけじゃよ」

「は、はあ……」


 真子はその電子説明書とやらのページを送ってみる。

 そこにはエリアや雫、千夏、舞花、深奈美、静も載っていた。

『主人公である稲葉洋輝(名前変更可)はある日、湖で宇宙人と名乗る少女、エリアと出会い……』

 そこに書かれているあらすじは確かに自分のよく知る物であった。

 するとコルリは不意に真面目な顔で真子を指差した。


「そしてはっきり言おう。お前は全ヒロインの中で一番人気がない!!」

「なっ!?」

「『すぐ主人公に暴力を振るうのがきつい』『他のヒロインのルートにも出しゃばってくる』『メインのルートもあまり新味がない』とか結構散々言われておるぞ」

「そ、な、知らないわよ!なんでそんなこと言われなきゃならないのよ!!」

「まあ実際すぐ手が出るのは本当みたいじゃし、のう?」


 真子はうっと言葉に詰まる。

 確かに自分は軽率に手が出てしまう部分はある。

 だが、それを差して自分が不人気だとか出しゃばりだとか、そんなことを言われる筋合いもない。


「まあ結局はギャルゲーの世界、ヒロインの可愛さが何よりも大事なものなんじゃよ。確かに残酷なことじゃがな」

「……だ、だから……あたしは、振られたってそう言いたいの?……]


 いや、違う。

 自分も、洋輝も、この世界も、ゲームだというのならば。


「……そもそも、あたしが洋輝あいつを好きだっていうのも、最初から全部決められてたって、そういうことなの?」

「まあ、そうなるのう」


 真子は目の前がぐらりと揺れるような感覚を覚えた。

 自分がゲームの登場キャラで。洋輝が好きなのも決められていたことで。そのうえ世間には人気がなくて。

 自分の信じていたものががらがらと音を立てて崩れていくような、世界というものがすべて壊れてしまったような、そんな気持ちが何度も浮かんでは消えていくのを繰り返す。


「……そ、そんな話……信じられるわけ、ないじゃない……」


 真子はなんとか口を開き、そう言った。

 今はそういうのが精いっぱいだった。


「まあ、信じる信じないは勝手じゃが……勘違いしてほしくはないんじゃが、わらわはおぬしを傷つけるためにここまで来たわけではないんじゃよ」

「……まだ、なにかあるっていうの?」

「ここからは良い話じゃ」


 コルリはにまりと笑って真子に語り掛ける。

 それは真子にとって思いもよらないものだった。


「白澤真子、別の世界で生きてみる気はないか?」

「……は?」


 それが真子とコルリの出会いだった。

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恋愛ゲームの人気最下位ヒロインだったので別のゲームで生きていきます! 氷泉白夢 @hakumu0906

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