何かが始まるホワイトデー

祥之るう子

何かが始まるホワイトデー

 自分で言うのもなんだが、私は女性としての魅力をかなぐり捨てたアラフォーのパート事務員である。

 全く胸をはって言うことではないが、娘が生まれてからと言うもの、時間のなさを言い訳にして、お肌の手入れも雑にして、化粧はフォーマルなときのみ。年に一回しか美容室に行かないし、流行りの服より安い服。通勤服は「逮捕されなきゃいい」のスタンスで、制服のタイトスカートから覗く脚は百円ショップの裏起毛タイツ。足元はノーブランドのスニーカー(特売)だ。

 多忙な仕事人間の夫とはすっかりレス生活の、筋金入りの干物アラフォー女。

 しかし、それが悲しいということはなく、最愛の娘と友人がいれば楽しい毎日なのだ。

 夫とだって仲良しなつもりだ。カラダだけが愛ではない。


 そんなわけで、職場でもマイペースに楽しいヒモノライフを送っていた私に、最近、困ったことが起きた。


 私の所属部署、商品開発研究部に、経費や総務処理の大変さを理解させるため、上層部が送り込んできた総務部経理課の金庫番・高階主任・四十三才独身男性メガネのインテリ……彼が部の雰囲気を一変させてしまったのだ。

 高階主任は、誰かが備品を買うとき、本を購入するとき、有給を申請するとき、ことあるごとに理由や必要性を説明させ、少しでも無駄な要素があれば容赦なく追及した。


「そんな適当な説明で何十万円もする機械を購入する気ですか?」

「こんな説得力のかけらもない申請書では、この出張は認められません」


 もともと職人気質が強い人が多い我が部署の社員たちは、文書作成だの、素人同然の理事たちを納得させる解りやすい説明だのが、致命的に苦手なのだ。

 今までこっそり、パート事務員の私に代筆させていた書類についても「パートに用意させて確認もせず押印とは呆れ返ります」と怒りを露にし、金輪際全員自力で作成するようにと釘をさした。


 完璧な正論の前に、上の立場のはずの部長や課長まで、全員、絶対服従を余儀なくされ、全員精神的に疲弊して、空気はすっかりギスギスしてしまった。


 のんきにコーヒーを飲みながら、娘の可愛さを課長に語っていた日々が懐かしい…。


「米田さん」


 あーあ、皆でテレビで高校野球観戦してた時は楽しかったな~……。


「米田さん!」

「うおっ! はっはいい!」


 いつの間にか高階さんが私のデスクの真横に立っていた。

 暇だったのでつい「女の子 可愛い お弁当」で画像検索していた私は、盛大に動揺した。

「どどどどうしましたかお茶ですか」と言いながら、瞬殺でウィンドウを閉じる。


「これ」


「へ?」


 差し出されたのは、上品な小花柄にゴールドのリボンがついた、綺麗な紙袋だった。


「これ。ホワイトデーです」


「あ」


 そう言えば今日はホワイトデーだった。


「ああ~! 皆さんにお配りすればいいですか?」

 うん、そう言えば女子社員が一人、男性社員全員に配っていたっけ。その人に渡しておけばいいのかな?

 高階さん、律儀だなあ。


「あ、あの、誰かに渡しとくやつですか?」


「いえ。米田さんにです」


「へ?」


「では」


 何だって?


 そう言えば、私も大袋の一口サイズのチョコを広げて「ご自由にどうぞ」ってメモ貼って置いといたっけ。


 紙袋の中を覗くと、袋と同じ模様の綺麗な小箱と、私が配った大袋のお菓子と同じチョコが入っていた。

 何となく取り出してみると、それは期間限定の受験生応援デザインになっていて、パッケージが桜柄だった。

「えー、可愛い! ありがとうございます」

 言いながらひっくり返すと、そこには「いつも頑張ってるの、知ってるよ!」と印字されていた。



「……」



 アラフォー子持ちのフルタイムパート事務員。

 完璧なまでの干物女。

 夫は留守がち。

 実母は他界。

 実姉はうつ病。

 オシャレする間も、女性らしい気持ちをもつ余裕もなく、毎日毎晩家事と子育てに休みなし。


 誰も、私を見てない。


 そう思ってた。


 高階さん……!


「惚れてまうやろ」


 アラフォーは思わず呟いた。


 高階さんを見ると、課長に向かって、課長が申請した一泊二日の出張は、宿泊する必要性はないはずだと、冷徹に詰め寄っていた。


 アラフォーのホワイトデー。

 私の胸は、ほんの少しだけトキメキというものを思い出した。


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