第2話

 ヴェルとちょっぴり感動的な別れをしてからほんの五分後。私は謁見の間へ戻ろうとしていた。理由は簡単で、戦闘音が全く聞こえてこないからだ。魔族最強の魔王であるヴェルが勇者と戦闘をすれば派手な魔法の音が響いてくるはずだ。それがないということは、勇者が大した魔法を使うまでもないへっぽこだったか――ヴェルが一撃で致命傷を負わされたか。

 謁見の間の前に着き、開け放たれたままの扉の陰に隠れて深呼吸をする。ここでヴェルの魔法が飛んできたらきっと即死だ。

 そっと顔を出して中を伺った私の耳に飛び込んできたのは、理解しがたい台詞だった。


「世界の半分をお前にやるから結婚してください!」

「お断りします」



 * * *



 皆さんこんにちは、大陸最強の魔族ことヴェルアーネ・エクス・トラウゼンです。泣く子も黙る魔王です。

 今、二本の角の間に立派なタンコブを頭につけて正座しています。


「ヴェル、あんた、私が言ったこと覚えてる?」

「はい! 『挨拶は忘れてもいいから、とにかく全力で』です!」


 シウちゃんからは絶対零度の冷気が流れ出ている。こういう時は逆らわないのが一番だ。


「で、挨拶を忘れてどうしたって?」

「はい! 歴代魔王様の台詞を参考にプロポーズしました!」

「馬鹿!」


 思いっきり殴られた。シウちゃんは魔族の中では非力な方だけど、全力で殴られたら結構痛い。防御魔法を使ったら余計怒られそうだし。


「なんで求婚してんのよ! 相手は勇者よ!?」

「だってかっこいいから……」

「だってじゃない!」


 更に殴られた。そろそろ角よりタンコブの方が長くなりそうだ。


「あのー……」


 申し訳なさそうな声の方を振り向くと、勇者が困っていた。困り顔もかっこいい。

 シウちゃんは今気付きましたという表情で勇者を見て、短く溜め息をついた。


「ええと、勇者コンラート?」


 勇者はコンラートって名前なのか。突然名前を呼ばれたからか、脱力していた勇者の身体に僅かな警戒が戻る。聖剣はまだ右手に握られたままだ。それに気付いているのかいないのか、シウちゃんは態度を変えないまま言葉を続けた。


「私は宰相のシュウゼッタ。覚えなくていいけどね。悪いけど、今日のところは帰ってくれない?」

「は?」

「日を改めてまた来てちょうだい。この子はちゃんと言い聞かせておくから」

「それは……いや、わかった」

「帰っちゃうの!?」

「あんたは黙ってなさい!」


 また殴られた私を見て、勇者は遠い目になってしまった。


「ではまた数日後に。次は無駄な戦闘は省いてもらえるとありがたい」

「ええ、こちらも無駄死には避けたいわ。次は魔王まで顔パスよ、顔パス」

「魔王城を顔パスする勇者か……」


 なげやりになってきたシウちゃんと遠い目のまま呟く勇者。なんとも言えない空気が漂っている。私のせいだけど。


「では、失礼する」

「お、お気をつけて!」


 とっさに声をかけたら勇者は微妙な笑顔を浮かべてから踵を返した。ああ、帰っていってしまう。次は数日後か。数日って何日だろう。今から待ち遠しすぎる。

 そんなことを考えながら勇者の後ろ姿を見送っていた私は、シウちゃんが冷たすぎる笑顔を浮かべていることに気付いていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界の半分をお前にやるから結婚してください! 時雨ハル @sigurehal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ