世界の半分をお前にやるから結婚してください!
時雨ハル
第1話
私はヴェルアーネ・エクス・トラウゼン。魔王である。
魔王の仕事とは、偉そうに玉座に座り相手の話にうむうむと相槌を打つことである。今も、ナントカ火山の魔力がどうとかこうとかいう報告に絶妙なタイミングで相槌を打ち終えたところだ。報告者のリザードマンが退出したあと、人払いのされた部屋で宰相のシュウゼッタが小さくため息をついた。三本ある右腕の内の一本で報告書をパラパラとめくる。
「ヴェル、一応確認だけど報告の意味わかった?」
「わからなかった!」
元気よく答えたら、今度は大きなため息をつかれてしまった。
「ご、ごめんね、シウちゃん」
「まあいいわ。ヴェルに頭脳労働は期待してないし」
「うん!」
「ちょっとは落ち込め!」
報告書で頭をはたかれた。うう、理不尽だ。
「じゃあ説明してあげるから。ちゃんと聞いてね」
「はあい」
「まずシュタート火山に――」
シウちゃんの説明をまとめると……いや、まとめる必要もないくらい簡潔に説明してくれた。
ナントカ火山の地下には魔力の溜まる場所がある。ナントカ火山に魔力が溜まるということは、すなわち勇者の力が大きくなっているということ。最近の魔力量からすると、そろそろ勇者が『魔王倒せるかも!』って思うくらい強くなっているはず。つまり、もうすぐ勇者が私を倒しに来るから気を付けよう!
「ってこと。わかった?」
「た、大変だ!」
そんな大変な報告だと思わなかったよ! みんな真面目な顔して静かにしてたじゃん!
思わず立ち上がった私の頭がまた報告書で叩かれる。
「別に大変じゃないわよ」
「そ、そうなの?」
「向こうから勝手に来たのを返り討ちにすればいいの。簡単でしょ」
「え、簡単、かなぁ……?」
勇者って確か特別な能力があるんだよね。光の力だとかいうやつ。魔族はそれをくらうとひとたまりもないとかいうやつ。聖剣の一振りで国が更地になるとかいうやつ。
「剣振っただけで更地になるわけないでしょ」
シウちゃんに突っ込まれた。頭で考えてたことがうっかり口から出てたみたいだ。
「少なくとも見える範囲まで来ないと攻撃されないから大丈夫。今代の勇者の性格からして不意討ちもなさそうだし」
「シウちゃん、勇者の性格なんて知ってるの?」
「そりゃ調べるわよ。いつかは戦う相手なんだから」
当然のように答える彼女に「そっか」と返すことしかできない。我が宰相は優秀なのだ。
「勇者が目の前に来るところまでは私がなんとかするから、ヴェルは一番強い魔法ぶっぱなしとけば大丈夫よ」
「うん、わかった。挨拶も練習した方がいい?」
真面目に返事をしたつもりなんだけど、シウちゃんは四つの目を半目にして「それ冗談?」と返してきた。
* * *
果たしてその日はやってきた。具体的には一週間後に。
勇者襲来の報告を受けて、私は玉座でガチガチに緊張していた。勇者は順調に魔王城内部を進んでいるらしい。
「ちょっとヴェル、大丈夫?」
「だだ大丈夫」
心配するシウちゃんへの返事も震えてしまう。なんせ勇者と会うのは初めてだし、まともな戦闘も久しぶりだし。
「大丈夫、挨拶も暗記したし、最大出力でぶっぱなせばいいだけだし……」
「本当に挨拶するつもりなのね……」
伝令のコボルトが飛び込んできて、勇者の現在位置を報告する。ここ謁見の間に来るまであと少しだ。
「そろそろね。私はもう行くからね」
「う、うん。がが頑張る」
シウちゃんはあまり戦闘が得意じゃない。巻き込まれたら大変なので別室にいる予定だ。
「ヴェル」
六本ある腕の内の二本が私の頬を挟み、もう二本が両手を握る。四つの目がまっすぐに私を見据えた。
「あんたなら大丈夫。挨拶は忘れてもいいから、とにかく全力でやるのよ」
「――うん。大丈夫」
「よし」
手が離れていく。身体はまだ少し緊張しているけど、挨拶を噛むほどじゃない。
大丈夫。お父様だってお爺様だって、勇者と戦ってきた。余計なことを考える必要はない。全力を出すだけだ。
シウちゃんの待避と入れ替わりにまた伝令が飛び込んでくる。間もなく勇者がここにたどり着く。大丈夫、と呟いて、私は瞳を閉じた。
扉が乱暴に開かれる音。こちらへ向かってくる足音。剣と鎧が微かに擦れる音。
私は、ゆっくり瞳を開いた。
「よく来たな、勇者よ」
挨拶の一言目を口にして、勇者をまっすぐに見据えて――
――めちゃくちゃかっこいい人がいたので、挨拶が全部吹っ飛んだ。
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