ヒステリーとかんしゃく玉
大月クマ
とある小さな街……
彼女が捕まったのは、偶然だった。
酒場で大暴れしている女がいる、という情報でやってきた保安官は目を疑った。
屈強な西部の男共が、ネズミのようにコソコソと隠れている。
そんなところで、例の女はカウンターに腰をドンと下ろして、片手に持った酒瓶をラッパ飲みしていた。
何で男共が、隠れているかはすぐに理解できた。
空いたもう片方の手には、ウィンチェスターライフルが握られている。顔を出そうモノならそれが火を噴く。だから、みんなコソコソ隠れているのだ。
「あらぁ~、保安官さん。一杯いかが?」
確実に酔っ払っていることは、見れば分かる。
真っ赤な顔で、目が泳いでいる。彼を指さす方向も見当違いだ。
しかし、この女、歳はよく分からない。金髪を赤い大きなリボンで結びあげ、ソバカスのある幼い顔をしているのを見ると、ティーンエイジャーかも知れない。
そうだとしたらこの州の法律では、まだ酒を飲んではいけない年齢のはずだ。
「お嬢さん。落ち着いて、手に持っているものを置こうか……」
とりあえす、なだめて見る。
「あらそう?」
と、素直に酒瓶を置いた。
「そっちじゃない。そのライフルの方を……」
「いやよぉ~。旦那様に買ってもらった、大事なぁ~モノだから……」
と、銃身にキスをする。
「じゃあ、おうちに帰ろう」
「あらぁ~、保安官さん。もうそんな時間?」
「旦那さんも、心配しているだろう」
「そうねぇ~。ダーリンは、かんしゃく持ちだから、怒られちゃうぅ~……」
と、腰を上げて保安官に千鳥足で近づいていく。
そして、酒場を出る間際に、振り返ると……。
「また来るわぁ~」
投げキッスをしながら、ウィンチェスターライフルの引き金を引いた。
彼女は弾切れまで打ち尽くすと、満足したのか保安官に寄りかかって寝てしまった。
(なんなんだこの女は!)
ともかく、大人しくなった女を担いで、そのまま事務所の留置所に放り込む。
(尋問は目覚めてからで十分か……)
正直言って、こんな小さな街でもめ事はゴメンだ。
この女のことは本部に任せた方がいいだろう。
酒場でウィンチェスターライフルを乱射した女の件をまとめて、本部に電報で連絡する。
と、いつもなら数日かかる本部から電報がすぐに届いた。
その捕まえた女の人相などを詳細に送ってこい、と……。
(ひょっとしてこの女、指名手配でもされているのか?)
だとしたら、儲けものだ。
ただ酔っ払いを捕まえただけなのに、賞金までもらえるのでは、と保安官は少々浮かれてしまった。だが、電報の終わりの一文に焦った。
男の方も捕まえたのか?
保安官の記憶では、男なんていなかった。女の銃弾に逃げ惑っている客はいたにはいたが、親しくしていそうなモノはいなかったはずだ。
そして、ひとつ思い当たる指名手配の二人組があった。
「あらあら、ここはどこかしら?」
女が起きたようだ。
「保安官さん。早く帰らないと旦那様に、怒られてしまいますわ」
酔いが覚めたのか、口調が淑女のようだ。
そして、自分が鉄格子の中にいることに、困惑しているような様子をみせる。
だが……。
「酔っ払っていたので、記憶にございません」
それが彼女の手口だ。
カラミティー・ライフル夫人。
本名は分からない。
兎にも角にも、酔っ払ってところ構わずライフル銃をぶっ放す。
手配書に似顔絵なんて付いていないが、この女がそうなのだろう。
そして、女の旦那と言うのが、これまた頭のおかしい奴だ。
熊のようにデカイ大男だが……。
「ハニー! 帰りが遅いから迎えに来たよ!」
突然、事務所の壁が吹き飛んだ!
保安官が呆気にとられていると、砂煙の向こう側に巨大な黒い塊が動いた。
「ダーリン。こちらでございますわ!」
今度は室内で爆発!
アルフレッド・ダイナマイト氏。
そんな名前だ。こちらも本名は分からない。
見上げるほどの巨漢に、いつも葬儀屋のような服装をしている。
スーツの下には、一体どれだけの爆発物を仕込んでいるのか……。
自分がデカいから通れるようにするためだと、ところ構わず、吹き飛ばす。
今は、小さな街の、小さな保安官事務所が瓦礫とかしていく。
「君が見つからないかと心配していたんだ!」
「わたくしが、ダーリンをおいて、どこかに行くと思っていますの!?」
「ゴメンよ、ハニー!」
と、二人は抱擁し、キスをし続けている。
そして、思い出したように、呆然と立ち尽くしている保安官と目が合うと……。
「一件目でよかったなキミ。
ハニーを探すのに、街を吹き飛ばさなければいけなかったところだ」
と、別の壁を吹き飛ばした。
「大事なライフルを取ってくださらない? どうもありがとう!」
保安官に出来たのは、女にライフル銃を渡すことだけだった。
ヒステリーとかんしゃく玉 大月クマ @smurakam1978
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