第51話 女子高生たちは学校内で生存を目指す
ゾンビが蔓延る世界になったらはたしてどこへ逃げるのが正解なのか。ネットや何気ない友達同士の会話でも定期的に出される議題である。そんな時、ゾンビなんていうファンタジーに対して大真面目に考えた人間はいるだろうか?
警察署?
ゾンビパンデミックなんて初見で気づける人はまずいない。多くの人間は暴動だと判断し最寄りの警察に助けを求めて集まってくるだろう。すると起こるのは人同士の衝突、混乱、パニックの中ひょっこり一体でも感染者が紛れればそこで終わりである。
スーパーやショッピングモール?
食料を求めてここにも人が集まるだろう。しかしスーパーのガラス扉はあまりにも脆く、施錠していてもゾンビが押しかけてくれば呆気なく突破される。ショッピングモールはゾンビと暴徒と化した人間両方から追われる可能性が高く、多過ぎる通路や進入口に現場は混乱しその騒ぎがさらにゾンビを引き寄せるのだ。
病院?
最も愚かな選択肢である。
たしかに病院なら食料も医療品もあり物資の蓄えもあるだろう。警官や警備員もいるかもしれない。助けを求めるならこれほど安心できる場所はない……だがそれは一般的な、常識的な災害時での話だ。
感染者が重傷者として運び込まれ屍が蘇る世界ではどうなるか? 答えは言わずともわかるだろう。
ならば、どこへ逃げるのが正解なのか?
「ゾンビだ……」
雛は塔屋から街を見下ろし、ソレの群れがこちらにも向かっていると判断した瞬間に即座に行動を開始した。
「雛っ!」
「かおるんこっち! 手伝って!」
「う、うん!」
聖エーデル女子学院は四つとひとつの校舎に分かれている。それらは上空から見ればアルファベットの『H』に『I』が添えられているようになっており、『HI』の上に大ホールが建設されていてそれらは連絡通路でも繋がっている。そして雛たちのいる塔屋があるのは『I』側であった。
こちらの校舎は専攻科目教室が主で、クラス棟メインの『H』側と違い人通りも少ない。だからこそいまの内に一階からの侵入口を塞ぎ、二階にあるクラス棟と大ホールとの連絡通路にパイプシャッターを降ろす。優先すべきは一階からだろうと判断する。
「かおるん! 私は一階の玄関閉めてくるからかおるんは二階の通路お願い!」
それだけ言えば、同じくゾンビをすでに認識している薫子は「わかった!」と頷き二手に分かれ走り出した。
その日、その時間、クラス棟にある二年生のとある教室にて
ウェーブのかかった金髪に学生にしては少しばかり濃いめのメイク。しかしそのパーツひとつひとつが整っていて、別にメイクなどなくとも十分なくらいの美少女である。葉乃はふわぁと欠伸をして、たいして面白くもないソシャゲ──仲間内で流行っているおかげでやらざるを得なかった──の素材集めを切り上げなんとなく窓の外を眺める。運動場は敷地内の裏にあるので校庭には花壇と噴水があるくらいだが、風に揺れる花々と太陽光でキラキラと輝く水飛沫は心を落ち着かせてくれる。
いつもと同じ光景だった。
「………んん?」
しかしそこにいつもと違う異物を見つけ、葉乃は顔を顰める。
学校の敷地をぐるりと囲む煉瓦壁には数メートルおきにアンティーク調の錬鉄製の柵窓があるのだが、その一箇所から誰かが覗いている。
「うわ」
おもわず声が出た。
「どしたのはーのん?」
「何かいるの?」
「え? 何? どこどこ?」
葉乃の声に周りにいた友人たちが寄ってきて、みんなで柵窓の向こうから覗くそいつを見る。
「なにあれ、きも……」
「え、やば……変質者じゃね?」
「どうする? 先生に言う?」
そいつはただじいっと校舎の方を見つめていて、不気味、のひと言であった。皆の背筋にぞわぞわと悪寒が走る。
「とりあえず私職員室に言ってくる」
「うん……あっ」
クラスメイトの二人が教室から出て行ったのと同時、柵窓に張り付いていたそいつがゆっくりと横を向き、移動し始める。
「行った……?」
「いや……うっわ」
数メートルおきにある、さっき覗いていた箇所の隣りにある柵窓からまた顔を覗かせる。そしてまた、じっと校舎を見ていた。
キモすぎてさすがに通報案件でしょこれはと皆口々に言い出す。
「あっまたどっか行った」
「まさかまた隣りのとこから顔出すんじゃ」
「うげ――っ出した! なんなのアレほんっとキモイ! 警察に電話するレベル!」
「あ、また……」
隣りの窓へ。また隣りの窓へ。
そしてそいつが、とうとう校門の前までやってきた。
そこで初めてそいつの全体が見れて、スーツ姿の中年であることがわかる。どう見てもキモイ変態おやじサラリーマンだと彼女たちはこの時点ではそう結論付けていた。
しかもただでさえ不気味なのに、ひょこりひょこりと足でも引きずるような歩みで門にべったりと張り付き、手をかける。鉄柵の隙間はかなり狭く成人男性はもちろん子供でも通り抜けることは不可能であるが、そいつはガッチャガッチャと柵を掴んだまま左右に揺れ始めた。
酷く気味が悪かった。
「おいお前! そこで何してる!?」
用務員と、学院内に常在している警備員がやってくる。それと職員室に知らせたからか、校舎からは何人か教師たちも出てきた。
「あっ、佐久間先生!」
誰かが出てきた教師らの中で一際若い男性教師を見つけて名前を呼ぶ。すると佐久間先生と呼ばれた男は足を止めて振り返り、二階窓からずらりと横並びに校庭を見ていた彼女たちを見つけてぎょっとした。
「うお、びびった……こーらお前たちー、野次馬は良くないぞー」
しかしすぐにお気楽な笑顔を浮かべ手を振る。
その一方で、門のすぐ内側までやってきた警備員はそのサラリーマンらしき不気味男に話しかけていた。
「おいあんた! さっきから何なんだ!? 門から離れろ!」
しかし不気味男は呻くような声を出しながら柵を揺らしている。ガシャンガチャンと規則正しく鳴る鉄音がさらに男の気味悪さを強調していて、ゴクリと警備員は喉を上下させた。ぞろりとねぶられるような寒気がする。
人としての本能か、第六感というものなのか、目の前の男にこれ以上関わりたくない。何故かはわからないが、しかし……
「いいからここから離れろ警察呼ぶぞ!」
おもわず二の足を踏んでいた警備員の横から用務員が前に出て、鉄柵の隙間に手を入れ男を突き飛ばそうとする。
「……あ、ちょっ、おい!」
警備員が止めるよりも先に。
周りが彼を引き戻すよりも先に。
その用務員の腕は、柵越しに喰い千切られた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――」
耳を劈く悲鳴が校庭に響き渡る。
用務員はその場で転がりゲロまで吐いていた。
なんだ、これは?
一体何が起こったのだ?
警備員はただ唖然と目の前の惨事を眺め、視線を不気味男へ再度移す。男は無表情でくちゃくちゃと用務員の腕肉を咀嚼していた。変わらず両手は鉄柵を揺らしている。
警備員の背後で様子を見ていた教師たちも同様に、誰もが何が起こったのかまるで理解が追いつけず立ち尽くしていた。
いや、一番近い距離にいた警備員だけが、ここでようやくソレに気づいた。不気味男が引き摺っていた両足の間からぶらりぶらりと垂れ下がるものに。
「なん……え?」
背中側から垂れ落ちているソレは、腸であった。
なのに男は平然と──咀嚼しながら──今度は柵の隙間からこちらに腕を伸ばしてきている。
「大丈夫ですか!?」
後ろからおそるおそる駆け寄ってくる教師たち。
すでに用務員の悲鳴は途切れており、無言で地面に突っ伏したまま倒れている。
「何があったんです!? そこの人は!?」
「…………け、警察、を」
そう言って警備員が後ろを振り返ると同時、倒れていた用務員が飛び起きその首へと喰らいついた。
ちなみにどうでもいい余談であるが、この頃やがて異能力チートに覚醒するとあるおっさんは某掲示板で『会社行きたくないwww』という愚痴スレを眺めていた…
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