おまけ2 ゾンビの蔓延る世界で死んだら異世界転生することになった。

「えーと、もう気づいているだろうけどあなたは死にましたーそしてここは現世と天国の狭間のような所でーす」


「現世と天国の……狭間?」


 女神が鷹揚に頷く。


「死者の魂ってやつはーまあ基本的には真っ直ぐ天国に向かうんだけどーここはその手前で一時的に預かる場所-みたいな? 保留所? ようは別世界行きへの停留所と思ってくれればいーかなー」


「別世界!?」


 てことはだ。ようはそれって……アレだよな!?

 もはや鉄板の、アレだよな!?


「うんうん。そっち風に言うと異世界だよねー」


「おっしゃあッ!!!」


 俺はおもわずガッツポーズを掲げた。

 まさかまさかだ。いやー死ぬ間際に祈ってみるものだなあ……本当に叶うとは思わなかったよ。ていうかマジであるんだ異世界転生。ちょっと感動ものだよ。


「つまり俺はこれから異世界転生することになるんですか?」

「そだねー理解が早くて助かるねー」

「あ、ハイまあ……」


 異世界転生なんて今時あるあるレベルな展開だしね。うんうん、それに俺みたいなザ・独身陰キャなおっさんは異世界に行くくらいしなきゃ人生やり直せないっていうか……ははは、自分で言っといてなんか悲しくなるわー。泣きそう。

 あ。そういやこういう異世界転生って、転生先がまあまあ闇抱えてたり問題あるとこだったりするよな。

 そのあたりどうなんですかと尋ねてみると、女神からの答えは然りであった。


「実はある異世界が今未曾有の危機に陥っててねー」

「あ、もしかして魔王的なやつですか?」


 まさに異世界ものファンタジーあるあるだ。しかし女神は首を振る。


 なんでもその世界は、元々は何も問題のない、まさに平和安寧を絵に描いたような世界だったらしい。人間、亜人、魔族、すべての種が手を取り合い共栄していた。


 しかし、そいつは突然やってきた。


 別世界からの転生者だ。

 転生の際、そいつは神を言葉巧みに騙し、誘導し、自らも神に等しいチート能力を授かった。それだけの力があればどこででも生きていける。神にとっては本当に軽い、ただの親切心だったのだろう。だがそれはあまりにも浅はかで愚直すぎたのだ。

 そいつはその力を私利私欲の為に振るい、自らが肩入れした者のみを優遇し、少しでも気に入らなければ徹底的に排除し、殺し、奪い、瞬く間に世界を掌握した。

 平和安寧と謳われた地が地獄に変わるまで、時間はかからなかった。



「あ、神っていってもこの神は私じゃないからねー。こいつはクビになって今窓際に……ゴホン。とにかくねーだからこそ私たち神は今後始末というかーなんとかしなきゃなーそのバカタレ転生者倒さないとなーってなってるわけねー」

「はあ……」


 なんかよくわからんが、とりあえずどえらい世界に俺は行かされるみたいだな……大丈夫かなあ。


「で、なんでそいつを倒すのに俺なんです?」

「いやーそれがね、転生者を倒せるのは同じ転生者じゃないとだめみたいでーそれに見事あなたは選ばれたってわけでー」


 ようは転生チートには転生チートをぶつけんだよ! ってことらしい。


「もちろん転生の際に能力は底上げして他にもいろいろサービスするしさ、ね? 引き受けてくれない?」

「えーまあ……はい、いいですけど」


 どえらい世界だろうとチートくれるんならなんとかなるかな、うん。我ながら楽観的である。


「いろいろ心配事はあるだろーけどー他の三人は先に向かってるから適当に合流してねー」

「えっ三人?」


 なんのことだと俺の反応を見て、女神は言わなかったっけ? と小首を傾げる。  いや言ってないです聞いてないです。


「最初の転生者を倒す為に送られる転生者は全員で四人でねー。つまりーみんなで力を合わせて頑張って欲しいわけねー」


 ええーまさかのパーティー固定ですかー。

 現地で好き放題に仲間探しとかしたかったけど、でもその最初の転生者を倒す為には仕方がないのだろうか。そこらへんは現地で他の三人と話し合うしかないか……


「はいっ! てことで説明おわりー!」


 女神がパンパンと手を叩く。


「それじゃあまずはー異世界に旅立ってもらう前にー異能力チートとかスキルをいろいろプレゼントしまーす」


 そう言って俺の方に手を翳す。


「まずはーえーと、身体強化、能力成長、魔法属性は……えー、もうめんどくさいし全部でいっかホイホイホイっと」


 おい今めんどくさいって言ったよこの子。適当すぎない? 大丈夫?

 顔を顰めるも、女神がホイホイ言う度に身体中にこう、なんともいえない力が漲るような感じがする。バフがかかってる的な、ようはドーピング的な。


「あとは限定ユニークスキルだけどーこれはそのうち各個人の経験や能力に合わせて発現するはずだよー」


 こうしてされるがままに、女神はひと通り俺にチート能力を付与し終える。


「さて、それじゃあこれより異世界へのゲートを開くんでちゃちゃーっと飛び込んでねー。もし何か困ったことがあったら頭の中に念じてみて。異世界初心者ワールドニュービーガイド入れといたからーそれでよろー」


「あ、ハイ」


 かっる。ノリかっるい。しかも異世界初心者ワールドニュービーガイドってなんだよ。そこもうちょっと説明してくれよ。

 しかし女神は大丈夫大丈夫の一点張りで。


 目の前に大きな扉が出現する。

 どうやらこれがゲートで、この向こうは異世界なのだろう。


 俺、本当にチートになってんのかな……

 不安極まりないな……いやでもこれは念願の異世界転生なんだ! 前向きにいくとするか! うん。やってやる! 俺は異世界で一からやり直すんだ!!



 なるようになるさと俺は扉の前に立ち、ゆっくりとその扉が開き





 ジリリリリリリリリリリリン

 ジリリン





 電話のベルが、鳴り響いた。


 俺はベルの音がした方を見る。そこにはいつのまに現れたのか昔懐かしレトロな電話ボックス。


「あーちょっと待っててー。もしもーし?」


 開きかけていた扉を一旦閉じ、女神が受話器を取る。

 せっかく気分が盛り上がっていたのを台無しにされたみたいで俺は肩を落とす。



「うん、うん。はいはい。今やってますよーはいはい、え? それで? はいはい……え?」


 そんな俺なんてそっちのけで女神は背を向け電話相手と何やら話している。一体何話してんだか。ていうか相手誰だよ。もしかして他の神様とかか?

 そんなことを考えながら様子を眺める。

 ……ん? どうしたんだ?

 なんか受話器を持つ女神の手が、何故か震えてるけど





「………………人違い?」





「……ぇ?」





 あからさまに低くなったトーンで発せられた言葉が(小声だったが)確かに聞こえた。

 とんでもなく不穏な言葉が。



「はぁ……はぃ、はぃ……ええ」



 しかもそれを皮切りにめちゃくちゃテンション落ちてるし。 むしろ絶望のオーラまで漂ってきてるし。あ、あれ? これまさか、もしかしてまずい状況? ものすごく嫌な予感がするんだけど……



「はぁ……わかりました、ぁぃ」



 すっかり気落ちした女神が電話を終える。

 そこには当初の軽い雰囲気はまるでない。まるで、そう。仕事で重大なミスを犯して会社に損害を与えてしまった新入社員のような……

 嫌な思い出に俺は身震いする。


「えーと……」


 絶対何かあったんだよなあそうだよなあ。

 女神は無言のまま俺の方へ戻ってくると





「あー……ごめん、人違いだったわ」





 そう、言った。

 え、ちょっと意味がわからないのですが。

 いやそんなこと話してるのは聞こえてたけどさ。


「……は、え? え?」


 その言葉にどう返していいのかわからず、俺はまぬけ顔できょどりまくる。

 そんなのいきなり言われても困るんですけど。こっちは異世界転生する気満々だったんですけど。

 しかし女神は眉を顰め、ため息を吐くと



「いやーごめん! マジでごめん! なんかねー上の方がー異世界転生する魂間違えたみたいでー 違う人だったわー! あーはー!」



 再び軽いノリに戻り、メンゴメンゴと謝ってきた。


 メンゴメンゴじゃねえええ!

 おもわず叫びたくなるのをぐっと飲み込む。


「……つ、つまり、俺が転生者に選ばれたのは……人違いって……ことですか?」

「そだね」


 ちっくしょおおおおおおお!!!!

 あっけらかんと肯定しやがってええ!!



「なので今回の話はなしってことで! ドンマイ!」



 ヘラヘラしながら女神はサムズアップする。いやドンマイじゃねえし。グッじゃねえ! サムズアップやめろ!



「いやねー私だってねー異世界転生させてあげたかったんだよーほんとだよー」

「…………」

「ってわけで急かして悪いけどあなたには現世に戻ってもらうねー」



「……は?」



 戻る? 現世に?


「それってつまり生き返るってことすか……?」

「んー正確には死ぬ直前の時間に戻るって感じ? 的な?」

「的なってなんだ的なって」


 丁寧語使うのをやめる。なんかこの女神には別に畏まらなくていい気がしてきた。

 むしろ神々様のイメージが全体的に低くなってるんですけど。


「いやだからなんで死ぬ直前に戻すんだよ! リスポーン地点くらい考えろよ!」

「あーもーうるっさいなあ! だからーもっかい死んで今度は真っ直ぐ天国に向かってねってことじゃん! ここ一通だからあ! ここ経由で天国行けないからああ!!」

「ええー……」


 なんか逆ギレしてきたんですけど。

 なんなのこの子、こっわ。見た目今どきの女子中学生(しかも自堕落極まりない姿)のせいでマジで年頃の娘さんにキレられてる気分になるんだけど。俺悪くないしむしろ被害者なんですけど。



「あとここでの記憶は消すからねー天国で他の死者に変な情報与えられても困るしー」

「えっ、は!? それって」


 途端俺の足下に穴が現れ、俺はドッキリ番組かバラエティ番組の仕掛けよろしくとそこへ落下した。いや、落下していた。



「うおああああああああああああッ!?」



 落ちる。落ちていく。

 目の前には先程の白の空間とは正反対に闇が広がり、どこまでもどこまでも、奈落の底へと落ちていく。

 頭上の遥か先、元々いた場所へ抜ける穴から女神がこちらを覗き込み大きく手を振っていた。

 ごーめーんーねー! とか聞こえてきた。



「ふ……ふ……っ」



 視界が闇に覆われていく。

 記憶も闇に覆われていく。



「ふざけんなああああああああッ!!!!」



 意識が消える直前、俺は精一杯文句を叫んでやった。





★★★



「はあ〜〜さすがに焦ったけどこれでよしーっと」


 やれやれと女神は肩を落とす。

 異世界転生者の魂を選ぶのは別部署の神だったのだが、今回そこのバイト天使がその他、つまり至って平凡な天国行きの魂と選ばれし転生者の魂が記載された書類を取り間違えてしまい、直前にその由々しき事態に気づいたらしい。


 神々だって人材不足なのだ。ミスだってある。いろいろある。

 現に女神自身も服装自由なのをいいことに一番過ごしやすい格好をしてクビにはならない程度に適当にやっているわけで。

 しかし他人の、いや他神のミスに巻き込まれるのは御免だ。

 女神は最初の転生者の問題で職務を追われた先輩神を思い出し、ああだけはなるまいと心の中で固く誓う。



「いやーしっかしホントギリギリセーフだったわーあーはー」



 そう安堵する女神だが、彼女はとんでもないミスを犯していた。

 本来選ばれることのなかった平凡な魂を『転生の間』に呼び、異世界事情を伝え、そのまま間違った魂を転生させるところだった。

 それを寸前で防げたのは幸いだっただろう。だが彼女はひとつ、忘れていた。


 記憶こそちゃんと消したが、その前にすでに与えてしまっていた異能力チートを消しておくのを。忘れていたのだ。

 そしてそのミスに彼女は気づかない。

 神々の生きる悠久の時の中で、瞬きにも等しいくらい一瞬のミス故に、彼女は永遠にそのミスに気づくことはなかった。



「さてさて、それじゃま今度こそちゃんと選ばれし魂を呼びますかー」


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