おまけ1 ゾンビの蔓延る世界で籠城してたけどゾンビに襲われて死んだ。

「うわっああ――っあああああああ!!!」



 おもわず俺は叫び声をあげ、包丁を必死に振り回す。だがそんな攻撃が運良くゾンビの頭に刺さるわけもない。ゾンビはガチガチと歯を鳴らし、赤黒に染まった眼球がぎょろりと俺を捉えると、そのまま飛びつくように俺に向かって突進してきた。肩を掴まれる。


「あ、ああ……あ」


 その瞬間俺の身体中の血は凍り、時間は止まったかのようにゆっくりと流れる。



 死は目の前にあった。



 あ、終わった。俺は自らの死を確信した。





 そして――





 目の前には何もなかった。

 そこは真っ白な、どこまでも真っ白な空間が広がっていて。まさに異質で、異様で。その中でポツンとただひとり俺は立ち尽くしていた。



「……えーと」



 で。なんで俺はこんなとこにいるんだっけ?

 最後の記憶を辿ってみる。覚えているのは……目の前で俺を喰おうと大きく口を開けて迫る、ゾンビの姿だった。



「…………ほあああっ!?」



 そうだよゾンビ!

 思い出したと同時に俺は頭を抱える。

 ああそうだった……世界中ゾンビが蔓延しまくって、俺は部屋に籠城して助けを待っていたんだ……でも窓を破られて、それで



「俺、死んだのか」



 ぽつりと呟く。そのまま力なく俺は床に仰向けに寝転んだ。


「あ――……」


 そうかー死んだかー。

 そりゃそうだよなーあれだけ死亡確定バイバイありがとうさようなら的シチュエーションだったんだから。

 喰い殺された記憶はないが、きっと俺はあの時点で気絶したか即死でもしたのだろう。そして今頃めでたくゾンビのお仲間入りでもしてるんだろうなー……

ゾンビとなった俺の肉体が徘徊してる姿を想像し、そういえば下着のままだったことも思い出し……別の意味でもヘコんだ。

 やれやれ。てことは、ここはつまり天国ってところか?

 無宗教でとくに死後の世界なんて信じてもなかった俺だけど、今の状況を考えるにそういう可能性が高い。


「それにしても天国ってなんもねぇんだなー」

「まあ正確には天国じゃないんだけどねー」


 突然目の前に少女が、寝転んでいた俺を覗き込んできた。


「うおおおっ!?」


 驚いておもわず飛び上がる。

 そこには、まさに女神様という風格を持つ白銀の髪と瞳を持つ美少女が立っていた……全身スウェットで、便所サンダルの。



「いや服装!!!!」



 あまりのアンバランスさに俺は叫んでしまった。

 いやでもこればかりは俺の反応は正しいはずだ。こういう場所で出会う女神様系美少女というのは普通に考えてこう、神々しいというか清楚かつ絶妙なエロさを醸し出した格好をしているはずなのだから。アニメや小説でもそうだったしな!


 しかし目の前で欠伸をして怠そうにしているのは美少女なのは美少女なのだが(ていうか態度悪いなこの子)どう見ても引きこもりニート、たしか何て言ったかな……喪女、だったか? とにかくオタク系女子の部屋着丸出しだった。

 そんな姿に俺はあからさまにテンションが下がっていくのを感じながらも、心の片隅は「違うんじゃない? もしかしたら女神様じゃないかもしれないじゃん! きっとこの美少女も俺と同じ死者的な人かもしれないじゃん!」なんて必死に訴えている。


 しかし美少女の着るスウェットの上着には(最初は柄かと思ったが)ひらがなで『か み さ ま』と書かれていた。



「か、み、さ、ま……?」



 ついそれを読み上げるように聞いてみると、美少女は「そだよー」と答えた。



 こいつ神様かよお!!!!

 これには必死に否定していた心の片隅の俺も頭を抱えて蹲っている。そして俺の中の女神様像というものがガラガラと音を出して崩れていく。


 そのスウェット女神はさてさてという風に手を叩き、ポンと出現した椅子に座ると俺も座るよう手で促す。ふと見るといつのまにやら俺の横にも椅子が置いてあった。

 とりあえずそこに座り一呼吸(といってもすでに死んでいるのだから呼吸なんてできてないんだけど)吐く。


「何か飲むー?」

「ア、ハイ」


 またいつのまにやらポンと出たテーブルに、ポット、俺の手元にはティーカップ。

 女神はティーカップに黒い液体を注ぐ。どうやらただのコーヒーのようだ。


「砂糖とミルクはー?」

「あ、このままで大丈夫です」

「そう」

「…………」


 女神は自分の分にだけダバダバと砂糖とミルクを投入する。もはやそれはコーヒーとは言わないんじゃと思ったが、黙っておこう。


 白の空間の真ん中。向かい合い、二人揃ってコーヒーを啜る。


 あ、なにこれうま。香りもいいし、すごくホッとする。ホットコーヒーだけに。なんちゃって。

 おもわず出たくだらないギャグにひとり含み笑いを浮かべる。あとでこのコーヒーどこのメーカーか聞いてみようかな、お土産で貰えないかなあ。


 二人だけの空間に、優雅なティータイムのような空気が流れて



「飲んどる場合か――――ッ!!」



 俺は叫んだ。



「いやいやいや! いやいや! なんなんですかここ!? 天国じゃないならどこなんすかここ! あと神様ってあの神様!? マジで!? つーか俺は死んだんだよな!? なんでこんなとこにいるんだよどうなったんだよ俺ぇえ!?」



 それに対して女神ははっと目を丸くすると


「あーそうだったそうだった。私としたことがほっこり、いやうっかりしてたわー」


 そう言って呑気にヘラリと笑った。


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