第34話 そして夜が明けた。

「ガアアアア゛ア゛ッ」


 大型ゾンビの脇腹を覆っていた鎧のような筋肉が爆散、その肉片を撒き散らしながら吹き飛ぶ。

 そして俺のパンチが振り抜かれたと同時にその巨体はズウン、という音とともに沈み、動かなくなった。


 俺はおそるおそる大型ゾンビを見て……軽く足で突いてみる。

 ツンツン。ツン……。反応はない。うん、大丈夫そうだな。

 ほっと胸を撫で下ろしひとまず俺は飛行魔法で大穴から地上へ出る。

 すると屋上から「山本さーん!」「やったー!」というみんなの歓声が上がった。


「うおー! おっさーん!」


 そしてその中で一際手を振ってはしゃいでいる金髪。あ、やっぱり聞こえてきてたのお前の声だったのね。


「おっさーん! おっさ――ん!」


 はいはいうるさいわかったからもう。

 それより秋月ちゃんは……お、あそこか。

 立体駐車場の屋上にて、秋月ちゃんもこっちに向けて手を振っている。チョコ太郎も一緒だ。無事で良かった。


「おっさ――ん!! おっさ――ん!!」


 金髪がまだ騒いでいる。

 あーもうだからわかったって! いや気持ちはありがたいけどさ。いい加減静かにするってことを学べよなあ……子供でももう少しは



「おっさんうしろ――――ッ!!!」



 ……………ほえ?



 その言葉に俺は目をぱちくりさせる。

 あれ? そういや立体駐車場の屋上にいる秋月ちゃんも手を振っているというよりは俺の背後を必死に指差している……ような……


 すごく嫌な予感がして、俺はゆっくりと振り向い……いてっ

 鼻先が、その鋼鉄のような腹筋にぶつかった。

 その状態でそおっと視線を上げ



「ガアアア゛ア゛アア゛ッ!!!」

「きゃああああっ!?」



 おもわず乙女のような悲鳴を上げてしまった。でも仕方ない。目の前にはさっき倒したはずの大型ゾンビがピンピンして立っていたのだから。

 しかも渾身のパンチで肉ごとぶっ飛ばした腹部が元に戻っている。

 おいまさかこいつ再生するのか!? セ●かよ!!

 頭の中で某人造人間がぶるああと叫ぶ。


 いやいやいやいや!

 いやいやいやいやいや!


「再生できるとかチートかよこの卑怯者~~っ!」


「ガアアッ!」


 そう文句を言ったのと同時、容赦なく拳が振り下ろされ俺はそれを防御魔法で受け止める。だが受け止めた衝撃だけで俺の身体は大きく吹き飛んだ。

 飛行魔法でバランスを取り地面に着地する。


「うぐっ!?」


 大型ゾンビの拳を受け止めた両手が熱い。

 まずい。

 MP残量が少なくなったせいか防御魔法が完全に発動しなかったのか!?

 手のひらに残るわずかだがはっきりとしたダメージを実感し、俺はゴクリと喉を鳴らした。首筋を嫌な汗が伝う。



「グオオオオオオオオオッ!!!」



 大型ゾンビが雄叫びを上げる。

 まるで獣じみた声が反響し辺りに響く。この場にいる全員と俺はおもわず耳を塞ぎ


 地鳴りがした。しかしそれは外でなく内部から。

 ショッピングモールが揺れている。


 な、なんだ!?

 地震か……いや


 ガラスが割れ、二階から、あらゆる入口から、モール内にいたゾンビたちが飛び出してきたのだ。



「野郎……ッ」



 仲間を呼びやがったのか!


 そうだ。大型ゾンビが元々連れて来たゾンビたちを倒したことでそれで終わりだと勘違いしていた。こいつが他のゾンビを操れるなら、モール内にいた奴らでも同様じゃないか!


 大型ゾンビが俺の方を差し、新たなゾンビの大群が俺に向かって走りこんでくる。



「くっ火炎球ファイアーボール! 風刃エアスラッシュッ! 電撃破サンダービーム……ッ!!」



 魔法を連射し迎撃する。だがMP不足のせいでかゾンビの大群すべてを一度に倒しきれない。


 まずい。まずい。


火炎球ファイアーボールッ!!!」


 頭上から飛びかかってくるゾンビたちを屠る。


水砲弾アクアショッ……


「ガアアアアアッ!!!」


 大型ゾンビの蹴りが俺に入った。もろにそれを受け俺はゲロを吐きそうになる。

 防御魔法が切れかかっている。


 まずいまずいまずい!


 休憩なんて絶対させてくれないだろう、すかさず両側からゾンビたちが飛びかかってくる。

 そいつらを氷剣で倒し、剣が折れた。


 くそ、MPがないと耐久も下がるのか!


 さらにゾンビたちの追撃。なんとか風刃エアスラッシュで薙ぎ払う。


「グオオオオオオオオオッ」


 地面を蹴立て、大型ゾンビが突進してきた。

 再生能力を持つ以上、中途半端な攻撃は出来ない。

 一撃ですべてを消し飛ばすくらいじゃないと……!


「だったら」


 残りのMP全部つぎ込んでやるッ!



「く、ら、え――――ッ!!!」



 両手を突き出し、特大の電撃破サンダービームを放ってやった。

 激しい雷鳴と光の中で、ゾンビたちは全員消滅した。





「はあ……はあ……」



 俺はとうとう膝をつく。

 身体の中にあるMPは……空っぽだ。

 へへ……でも、やってやったぜ……



 ふと、顔を上げる。



 ボロボロになった大型ゾンビが、欠損した部位を再生しながらこちらに歩いてきていた。





「…………なんでやねん」



 おもわず声に出る。

 いやいやいやいや。違うでしょ。

 こっちは主人公っぽくさ、これが最後の力だあーみたいな、そんな感じの攻撃だったじゃん!

 少年漫画で一番盛り上がる系のシーンだったじゃん!

 そこは死ねよ!!!

 空気読んで死んどけよばか!!!!



 そんなことを嘆いてももちろん大型ゾンビは止まってくれないわけで。

 部位が再生されるごとに少しずつ、俺に向かってくる速さが増してくる。ゆっくりとした歩みから、早足に、小走りになっていく。


 それを真正面から迎えつつも、もう俺に出来ることはなかった。このままあいつは真っ直ぐこっちに走ってきて、俺は一瞬でぺちゃんこというわけで。


 何故だか知らないが、不思議と恐怖感は込み上げてこなかった。


 あーこれが悟りの境地ってやつかー……


 MPが尽きた時点で、俺の負けは確定したわけだ……へへへ


 ここで俺が死んだら屋上にいる人たちはどうなるんだろう……秋月ちゃんは、チョコ太郎がきっと守ってくれるよな……


 七瀬さんと花奈ちゃんも……あー、帰ってくるって言っちゃったんだよなー……待っててくれてるかな……悪いことしたなー





『マジカルギャラクシーマンはね、超最強のヒーローなんだよ!』





 ふいに花奈ちゃんの言葉が過ぎる。

 ごめんなー花奈ちゃん。おじさん、マジカルギャラクシーマンはもうダメそうだわ……て


「……あ」


 そういえば、と。

 俺はアウターコートの内側を弄り……あった。


 花奈ちゃんから貰った『超最強マジカルギャラクシーロッドソード』だ。


 アイテムボックスに仕舞っておこうかとも思ったが、大事なものだしお守りとして広めのポケットに入れておいたんだった。



「えっ」



 見るとロッド部分の先端にある丸い宝玉が、光っていた。貰った時はただのプラスチックだった……よな?

 だがその輝きはまるで、俺に何かを訴えているようで。まるで俺に自分を使えと言っているようで。



「オオオオオオオオッ!!!」



 完全再生を終えた大型ゾンビが吼え、突進してくる。

 MPを全消費した俺では絶対に逃げられない。



「ちょ、超最強……」



 だから



「マジカル……ギャラクシー……」



 俺は、花奈ちゃんの言葉を信じて



「ロッド……」



 賭けた。



「ソ――――ッッド!!!!」



 まさに今俺を潰そうとしていた大型ゾンビに対し、俺は超最強の武器を振るった。





 閃光。絶熱。まるで太陽が地表に発現したのか、一瞬で視界の全てが白に染まる。

 そして出現したのは天を衝くほどに聳えたエネルギーの柱だった。エネルギーはオーロラのように輝き、広がり、やがて消えていく。


 白の世界から戻された俺の前には、もう大型ゾンビはいなかった。大型ゾンビはわずかな塵すらも残らず消滅し、その先にあった景色もごっそりと無くなっていた。

 まるでとんでもなく大きな剣が地ごと蹂躙していったかのように。とんでもないエネルギー破が放出されたように。


 この時はまだわからなかったが、俺が使った超最強マジカルギャラクシーロッドソードのたった一振りによって約十㎞先までが消滅、そこにあったものはすべて平等に地に還っていた。



 俺はわなわなと震える手で超最強マジカルギャラクシーロッドソードを見つめ



「いや最強すぎるでしょ……」



 使った俺自身も、その威力に少しちびっていた。

 なんなんだよこれ。異能力チートのレベルじゃないだろこれ!? なんでこんなパワーあんの!? おかしいでしょこれ!?

 しかしMPがなくても使えるってことはこれのエネルギーは魔力じゃない……のか?

 いやそれとも



「おっさ――ん! うおー! おっさ――ん!」

「山本さ――ん!!」


 屋上から俺を呼ぶ声がする。

 みんなが今度こそ正真正銘の勝利を称え、歓喜の声を上げ、俺に向けて大きく手を振っていた。

 金髪なんかピョンピョン飛び跳ねてるし、だからお前はちょっと落ち着け。


「紘太さ――ん!」


 立体駐車場の屋上でも秋月ちゃんが笑顔で手を振ってくれている。


「はは……」


 まあいいか。細かいことはあとで考えよう。

 俺はみんなに応えるように手を振り返す。



「おっ」



 戦いの終わりを告げるように、眩い朝日が昇り始めた。

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