第33話 主人公は戦いの中で進化するものだって少年漫画で習ったから。
「
両手から放ったふたつの風の
「はあ、はあ……」
チョコ太郎に秋月ちゃんを逃してもらったおかげで周りを気にしながら戦わなくても良くなったからな。悪いが積極的に攻撃させて貰うぞ。
俺は飛行魔法を応用したジャンプで数メートル跳び、上から魔法を撃ち込みふわりと地面に着地する。
いつのまにか大型ゾンビが連れてきたゾンビの軍隊はすでに半分以下となっていた。
俺は大型ゾンビの手前、(距離を取って十メートルくらいだろうか)向かい合いながら身構える。
喧嘩なんてしたこともなし、格闘技なんてさらに経験なし。構えなんて自己流も自己流、格闘漫画で見た構えをなんとなく真似してるだけなのだが、棒立ちノーガードよりはマシだろう。
さあて、どうするかなあ……
大型ゾンビは間違いなく他のゾンビたちとは異質な存在であり、その攻撃力は先程見た通りだ。
いくら異能力チートでも当たらなければ意味がないのはゾンビ犬たちで嫌ってくらい分からせられたわけで、なら初っ端から
大型ゾンビは最初の蹴り以降、俺を真正面から凝視したまま動かなくなっていた。俺がゾンビたちを倒している最中も、じっと俺だけを観察しているようで気味が悪かったが……
一体、何のつもりだ?
だがそっちがこないならこっちからいかせてもらうぞ!
「
指先から真っ直ぐに放たれた電撃が大型ゾンビを捉え雷鳴が轟く。
「よし!」
だが巻き上がった煙の中から大型ゾンビは何食わぬ顔で姿を見せ
「…………え?」
うそ効いてな……いや違う! 大型ゾンビに当たる前、他のゾンビが飛び込んで盾となったのか!
大型ゾンビの足元に転がる黒焦げとなった屍が数体。大型ゾンビがそれを足で蹴り、屍は灰となり空中を舞う。
大型ゾンビは他のゾンビを操ることができるのか、それとも他のゾンビが大型ゾンビをボスとして従っているのか。どちらかはわからないが、とにかく他のゾンビたちを先になんとかするべきってことか……!
「ガアアア゛ア゛ッ」
残ったゾンビたちが全員で俺を囲い込み一斉に飛びかかってきた。
ならまとめて始末してやる!
「
俺は魔法を放ちゾンビたちを一掃し……そのゾンビたちの影に重なって一際大きな影が俺を覆った。
「え、なっ!?」
俺がゾンビに気を取られた一瞬を狙って大型ゾンビも飛び込んできたのだ。
まずい避け――!
だが次の瞬間にはすでに、大型ゾンビの豪脚が俺の腹を蹴り上げていた。
「ふぐ――ッ!?」
大きな炸裂音とともに俺は上空へと吹き飛ばされた。こういう時、漫画やアニメなら肋骨が何本かイっちまったぜとか言っちゃうものなんだろうか。残念ながら俺にはあまりの衝撃に自分の身体がどうなったかなんて実況する余裕はない。
ただ言えることは、ギリギリで防御魔法を発動させダメージを食い止めたってことだ。
俺は飛ばされながらも地上にいる大型ゾンビを見る。が、そこにはすでに大型ゾンビの姿はなかった。
「…………あ?」
跳んでいた。
吹き飛んだ俺を追いかけるように、大型ゾンビはすでに俺よりもさらに上へ。その剛腕を振り上げながら
「……いやドラ●ンボールかよ」
バトル漫画のような動きにおもわず呟く。
そしてそのまま俺は地面へと一気に叩き落とされた。
駐車場の地面は落下した衝撃で波打ち、粉々になったコンクリートや砂煙が爆風のように吹き上がる。
「お、おっさ――――ん!」
屋上からその様子を見ていた金髪が叫んだ。
「山本さん……!」
「そ、そんな……」
他の生存者たちも同様だ。全員で山本の帰りを待っていたところ、モールに向かってやってくるゾンビの大群に気づいた。そしてもちろんそれらを率いてきた大型ゾンビの姿に愕然とし、山本が対峙し戦っていたのも全員で見守っていたのだ。
だが大型ゾンビの、彼らには何が起こったのかさっぱりわからない攻撃でいつのまにか山本は駐車場の地面に叩きつけられ、そこには巨大なクレーターが出来上がっていた。
「どうしよう……山本さんが、こっ殺される……!」
「いやあれじゃあ、もう……」
「おしまいだああっ全員あの化け物に殺されるんだあっ!」
さまざまな悲鳴が上がる。
しかも中年男性は屋上の扉を開けモール内へ戻ろうとしていて
「ちょ、どこに行くつもりですか!?」
タカシは扉を開けようとしていた男を止めるが、その男は「いやだあ! 死にたくないい!」と泣いていた。パニックになっているのか。
モール内はゾンビだらけなんだから屋上にいるしかないのに、そのことをすっかりと忘れてしまっている。
周りを見る。
「ひい、ひいい」
恐怖に震えて腰を抜かしている女性。必死に念仏を唱えている高齢者。
誰もが大型ゾンビを目の当たりにしたことで圧倒的なまでの死の恐怖を感じていた。
「ど、どうすれば……」
「静かにしろおっ!!!」
生存者たちの悲鳴を押さえ込むように金髪が叫んだ。全員の目が金髪の方へ集まる。
「…………お、お、俺たちはもう、あのおっさんを信じるしかないんだ……ここで喚いたって、し、仕方ねえだろーがッ!!」
そう言いながら、震えていた。
なんだよお前もめちゃくちゃ怖がってるくせにと全員が金髪を見て思う。
それでも金髪はあの男を信じるしかないと言った。彼はすでに腹を決めていたのだ。
自分勝手に他人にすべてを押し付け任せるのとは違う。悔しくも虚しくも自分たちの力の無さを理解した上で、信じると決めたのだ。
その言葉は確かであり、それしかないのだと全員は互いに目配せし、共に心を決める。恐怖を心の内へと押し込んだ。
「おっさーん! 何してんだ頑張れーッ!」
「そ、そうだ山本さーん! あんたを信じてるぞー!」
「俺もだ! 頑張れ! マジで頑張れーッ!」
屋上から全員で声援を送る。
「良かった、タカシさんたち無事だったんだ……」
その光景を見てモール敷地内に建てられた立体駐車場の屋上へと避難していた秋月は安堵する。あの金髪男もいるのが意外だったが。
「秋月殿、しっかりと某につかまっているでござるよ」
「う、うん」
背に乗りながら、ぎゅっとチョコ太郎の首元を握る。今はもう温かなチョコ太郎の体温が、秋月の心を落ちつかせてくれた。
「紘太さん……大丈夫かな……」
「大丈夫でござるよ」
秋月の問いにチョコ太郎は鷹揚に頷く。
チョコ太郎の使命は第一に秋月を守ることであり、まあ一応の主人である山本紘太からもそばにいるよう言われている。加勢には行けない。いや、そもそも加勢は必要ないだろうとチョコ太郎は判断していた。
さてさて、そんな感じで全員から一心に心配を受けている当の本人俺はというと。
クレーター、大穴の底にて仰向けになっていた。
いやーほんと、マジでこんな状態どこのバトル漫画だよってんだ。
「あー……やべー……」
しかし全身包み込むように張っておいたバリアーがうまく起動してくれてて助かった。
そこまでダメージはないが一応念のために回復魔法も発動させる。
「まずいなー……」
とりあえず俺の身体は全然無事なわけだが、少し困ったことになったな。
まずあの大型ゾンビの身体能力はあきらかに異常だ。まず間違いなくゾンビの進化型もしくは新種と考えていいだろう。
あんなバトル漫画キャラみたいなやつどうしろってんだよ……出る作品が違うだろうがよ……なんて、たぶん異能力チートで倒せるとは思うけどさ。
しかしそこで問題がひとつ。
今になって気づいたが……俺のMPはあと僅かとなっていた。こっちの問題の方がとってもまずい。いやほんと大問題。
ずっとゾンビたちと戦ってたからだな……くそ。
ずん、と大地が揺れる。
いつのまにか大型ゾンビが俺が落ちてできたクレーターのそばまで来ていた。穴の底から上にいる大型ゾンビと目が合う。
どうやらトドメを刺しにきたようだな。
「おっさ――ん!!」
どこからか聞き覚えのある馬鹿そうな声が聞こえてきて、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「……よし、やるか」
強い自分をイメージする。ありったけの格闘漫画で見てきた主人公たちを。
【身体強化魔法を獲得しました】
……よし。
大型ゾンビの動きは速い。
でも、見るんだ。見極めろ。
あいつの攻撃を。
目を瞑るな、逸らすな。
俺ならやれる、たぶん。いやたぶんじゃない。
やれ! やるんだ!
大型ゾンビが俺を踏み潰そうと両足を揃えたまま飛び下りてくる。
見ろ、見ろ、見ろ!!!
その瞬間、不思議な感覚が俺を襲った。
何も聞こえない、何も感じない、それは瞬きよりも短いまさに一瞬だったのかもしれない。
だがその瞬間だけ、俺の目には、まるでスロー再生でもされているかのように降りてくる大型ゾンビの姿が映っていた。
「ここだあああっ!!」
俺は大型ゾンビの踏みつけをギリギリのところで躱す。
そして目の前には大型ゾンビの無防備な脇腹。
ん、あ、これチャンスだわ。
いいのかな? いいよな? よし。
俺はこんな感じかなと握り拳を作ると
「失礼しま――ッす!!!」
そこに向かっておもいっきり右ストレートをぶち込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます